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淀川長治

文藝別冊『淀川長治』を買った。

自分の世代くらいまでは「日曜洋画劇場の顔」としてなじみ深い人であり、映画の素晴らしさをこの世に伝えるために遣わされた神の使者のような存在であった。

もう若い世代には、淀川長治を知らない人も出て来ているのだろう。

この人の人生は映画のためにあったと言ってよく、生涯に見た映画の数は1億本を超えるとも言われている。チャップリンマレーネ・ディードリッヒやヒッチッコックにも直接会っている。黒澤明とは親友であり、黒澤のわずか2か月後に後を追った。

中学時代、「映画ばかり見ずに数学の勉強をしろ」と説教した先生に、「公開中の『ステラ・ダラス』を観てからそれを言って下さい」と抗議し、先生が数人で劇場に足を運んだところ、感動的な自己犠牲のラブ・ストーリーに一同はむせび泣き、以降は学校行事として映画を見に行くようになった。作品の選定は淀川に一任され、自分が薦めた映画で級友たちが、笑い、泣き、楽しむ様子を見て、「もっと多くの人に映画の素晴らしさを伝えたい!」と思うようになった。

彼の映画批評のスタイルは、「褒める」の一言に尽きる。

毎週ホストを務める「日曜洋画劇場」では、問題作と評される作品でも、よいところを見いだし、悪口を言ったりはしなかった。

彼の言葉に、「私はいまだかつて、嫌いな人に会ったことがない。好きになることがどんなに人を助けるか、私は知っている」というのがある。

仏教では「言辞施」といい、優しい言葉をかけることが布施の一つとして教えられている。今日も忙しく明日もせわしい、とげとげしい人間関係渦巻く社会で、優しい言葉は人を元気づける良薬である。

寂しい老後を送っている人にも一言、励ましの言葉を贈るだけで、どれだけ心の救いになるか、影響は計り知れない。

その一方で、打算的で興行成績だけを狙ったような映画については酷評するときもあった。

北野武監督の『あの夏、いちばん静かな海。』については、「ビートたけしと言う人は、お年寄りのことを馬鹿にしたりするので嫌いだったが、この映画を観て考えが変わった、一度会いたい」と発言し、その後、映画雑誌でのインタビューで、「あのね、日本の映画の歴史の中でね、一番言いたいくらいあの映画好きなのね。なんでか言うたらね、あれってとってもサイレントなのね。」、「僕は黒澤さんと、この人だよ。他の人、駄目だよ。(略)他の日本映画観ると食欲無くなるのよ」、「映画の感覚、凄いねぇ。どの映画観ても、男の孤独言うとキザだけど、なんか淋しい気がするのよね。(略)あの人みたいに(黒澤さん)凝って凝って撮らないでしょう。サササーッと砂煙みたいに作ってる。それで凝ってること言わないでしょう。絶対自分ではね」と賞賛した。

彼ほどに細やかな感受性をもって映画を見ていた人はいないだろう、というくらい感受性が鋭かった。

wikipediaよりエピソード一つ。

淀川が若かりし頃、ある所へ講演に行った際、会場の出口で出待ちをしていたファン達と握手を交わした後、車に乗ろうと歩いていたら列の最後尾に居た一人の少年が「握手して下さい」と左手を差し出してきた。腹を立てた淀川は「君、握手は右手でするもんだよ。左手で握手を求めること程失礼なことは無い!」と言い放ち、少年と握手することなく車に乗り込んだ。しかし、車を発進させた直後、ルームミラーに少年の寂しそうな表情と、右腕が無い様子が目に入った途端、すぐに車を止めさせた。大慌てで車から飛び降りて少年のもとに駆け寄った淀川は、号泣しながら自分の非礼を詫び、驚いた少年もその場で泣きだした。少年は、不慮の事故で右手を失ったことと、講演が聴けなかったので、せめて握手だけでもしたいと思い、淀川と握手がしやすいよう、列の最後尾にいたことを、淀川に語った。淀川は次の講演をキャンセルして、その少年と長い時間語らいを続けたという。