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菊次郎の夏

夏に見るしかない映画『菊次郎の夏』(北野武監督)を見た。

菊次郎というのは、言うまでもなく、たけしの父親の名前である。

たけしの著作に出てくる父親としての菊次郎は、今でいうDV夫のようで、酒におぼれ手が早く小心者で、どうしようもない人物に描かれている。

この映画の菊次郎もまた、どうしようもないオッサンである。

ストーリーは、夏休みを一人寂しそうに過ごしている近所の少年を離れ離れに暮らしている母親のところへ連れて行ってやる中年男の二人旅を描くというきわめてシンプルなものだ。

途中で色んな脱線があるが、どうしても涙が抑えられない場面が二つある。どちらも菊次郎(たけし)が、そうするだけの理由があって、少年を優しく抱きしめてやるところだ。

彼が本当に撮りたかったのはこの二つのシーンで、これ以外の残りの場面はすべて照れ隠しのような気がしてしまう。露悪的な描写や延々と続く冗長な馬鹿踊りのシーンは監督の照れ隠しにしか思えない。そうでもしないと、映画全体がべた付いてしまうから、と言い訳する声が聞こえてきそうだ。

久石譲の音楽が、ここでもまた、これ以上ないくらいの抒情性を与えている。

これでもかという位に。

北野映画の作風から予想されるように、普通の映画とは違って、少年は、可愛げのある演技をまったくさせてもらえない。というか、そういう演技が似合わない子が使われている。

そういう子が、ほんの時折見せる生きた表情の中に、深い叙情性が隠されている。しかし、戯れに、かつ真剣そのもので砂の上に描いた絵を大人に見られた子供が、慌てて砂をぐしゃぐしゃにしてしまうように、監督は純粋な感動をぐしゃぐしゃにしようとする。

タイトルが、「少年の夏」ではなくて、「菊次郎の夏」だというところに、監督のこの映画への思いが込められているような気がする。

この映画外国で上映され、スタンディングオベーションが止まらなかった時、北野武は、席から崩れ落ちるほど号泣したそうだ。その前年にベネチア映画祭で『Hana-bi』が金獅子賞を受賞した時でさえ泣かなかった彼が。

そのことを知ったとき、母親(さき)の葬儀で号泣しながらインタビューを受けていたたけしの姿を思い出した。

これはとても個人的な映画であると同時に、彼の撮った中で最も普遍的な作品だと思う。