※ネタバレ全開なので未見の方は注意
例によって能年玲奈中心の感想になります。
まず、原作の設定は和希14歳、春山16歳ということだが、主演の二人をその年齢に見ることに無理があることは指摘しておかないといけない。
この物語は、14歳の少女と16歳の少年だから説得力がある(感動できる)ので、10代後半以上のカップルに見えてしまうと、ちょっと興ざめである。
もっとも、映画の進行につれて、主演の二人の熱演もあって、それほど気にならなくなるのが不思議だ。
* * *
冒頭の場面。
万引きで補導されている和希(能年玲奈)ともう一人の少女が、婦人警備員の前で並んで座っている。
一緒に捕まった女の子は親が引き取りに来てわんわん泣いているが、和希は前方を凝視したまま身動き一つしない。
この表情が、尋常ではない。
能年は、この場面で監督から「演技をするな」と言われて悩んだ、と語っている。
そして彼女なりに見出した答えが、この虚無的な虚空凝視の表情だった。
この目を、なんと形容していいのか分からない。
悲しみも怒りもない。ふてぶてしいというのでもない。
補導員に「あなた、エラそうね」と言われるが、偉そうにしているわけでもない。
感情表現が抑えられているというより、ごっそりと感情が抜け落ちている。
強いて言えば、「昆虫」である。
人類とは異世界の生命体を連想させる。
「あまちゃん」で共演した能年の演技の相談相手でもある尾美としのりは、この表情を「初めて見た」と彼女に告げたそうだ。
将来SF作品にでも出演したら使えそうな表情である。
この場面、事前のテレビの宣伝で散々使われていたので、映画ではさほど衝撃的ではなかったが、何の事前準備もなしに見せられたら、ひどくショッキングだったと思う。
* * *
少し進んで、母親(木村佳乃)との食事の場面。
小さな丸いテーブルで二人向き合って朝食をとっている。
髪を脱色した和希について、小言をいう母親。
母が付き合っている男の件で母を責める和希。
母親が唐突に言う。
「貴方が着ているピンクのガウン、私のものだけどなんでいつも貴方が着ているの? 最初はキレイなピンクだけどなんども洗っているうちにサーモンピンクになってしまった。ねえ、どうして貴方が着ているの?」
問い詰める母。母親というより、男について詰られた怒りをぶつけている一人の女。
震えながら和希は母(女)を見つめるが、何も言わない。
この時の眼は、前述の場面とは違い、無機質ではない。
実の母と心が通わない不安と切なさが眼差しの中にきちんと表現されている。
実の父親を亡くし、母親は新しい男のことしか眼中にない。
自分がなぜ母のガウンを着ているのかをまるで理解できない母親。
自分は母親にとって不必要な子供なのではないか。
* * *
行き場のない不安から、男たちに誘われるまま車に乗り込む和希と友人。
大勢の不良に暴行されそうになったところを春山に助けられる。
フラフラになって家に帰っても誰もいない。
「母さん、助けて・・・」
と言いながら、すがりついたのは、いつのまにか家に入ってきた春山だった。
この場面、二人が14歳の女の子と16歳の男子だと思うと、すごく感情移入できるのだが、二人はもう20歳過ぎの男女だ。
でも、この場面が泣けてしまうのは、能年が後姿と声だけで演技しているからだ。
大人に見捨てられた頼りない子供が、もう一人の粋がってはいるが頼りない子供に抱き締められている、二人ぼっちの世界。
まあこの春山は子供には見えないが。ちょっと格好よすぎる。
* * *
男(鈴木)とホテルに入る母親の後を追いかけて、「父さんが可哀そうだ!」と怒鳴った和希が、家に戻って、母が布団にくるまって寝込んでいるのを見て叫ぶ。
「わたしを生んでよかったと思う? 答えてよ!」
この時の表情。
能年の顔が、やつれて見える。頬のあたりがこけているような。
眼だけはギラギラ光っている。
しかし憎しみの色はない。切なさだけがある。哀しみだけがある。
「あまちゃん」でアキの切ないシーンといえば、東京へ帰るのを嫌がってむずかるシーンや、アイドルになりたいといって春子に叩かれるシーンが思い浮かぶ。
あのときの表情も切なさとしては上等だった。
しかし、この「ホットロード」の演技を前にすると、実弾を込めた銃と玩具のピストルくらいの違いがある。
ついでに言えば、ホテルで母親に「父さんがかわいそうだ!」と叫ぶ和希は、ちょっとだけ天野アキに見えた。
* * *
春山がダンプに撥ねられて意識不明の重体に陥り、ショックで食事も摂れなくなる和希。
放心状態の和希に、鈴木の説得はまったく届かない。
母親に話しかけられると、「春山、一人ぼっちにしないで!」と暴れ出す。
自分が不覚にも涙したのはこの場面だ。周囲でも涙ぐむ人多数。
個人的にはこの映画のクライマックスだった。
傷ついた子供の深層意識に潜り込んで浮かび上がってきたような叫び。
まるでプライマル・スクリーム(トラウマ克服のための心理療法)だ。
和希の眼は血走っていた。
普段は信じられないほど真っ白で透明な能年の眼球が紅く血に染まっていた。
和希は胃液を吐いて、母親のピンクのガウンを汚してしまう。
そのピンクのガウンを着たまま、母は和希を背負って春山のいる病院へ向けて走り出す。
能年は「憑依」ではなく「演技」だと言い張っている。
この「演技」を見るために、もう一度映画館に足を運んでもいいと思っている。
――では、『ホットロード』の撮影を経て、自分が成長したと思うところは?
【能年】 踏ん張れるようになったかな。私だと認識してもらえる演技を、この役で軸をブラさずにやるのがすごく難しかったのでヘニャッとなりそうなときがあったんです。冒頭の万引きをした後のシーンとか、家で何も食べずにじっとしているところからワッとなっちゃうシーンとか。でも何とか踏ん張って、ブレないところでやれたと思います。
自分は今、この「軸をブラさずにやる」という言葉で能年が何を意味したのかを考え込んでいる。
つづく