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生ごみ先生と不器用天才

今更ながら、昨年に発売された『あまちゃんモリーズ』という本を買ってみた。

 

理由は、能年玲奈の演技指導の先生である「生ごみ先生」こと滝沢充子さんのインタビューが収録されているから。

 

滝沢さんは、1980年代に桐朋学園で演劇を学び、田中千禾夫などの演劇界の重鎮から演技の講義を受け、ザ・ミスフィッツというミュージカル劇団を主宰するようになってから小劇団との交流もあった。能年の所属事務所の演技レッスンを始めたのは、鈴木清順監督の『オペレッタ狸御殿』がきっかけだったという。

 

まだ中学生だった能年が、滝沢先生の演技レッスンを見学に来たときは、モデル志望で芝居には興味がなかった。

 

普通は2回くらい見学に来て受けるか受けないか決めるのだが、能年はなぜか何回も来ていながら、なかなかレッスンを受けることを決めなかった。いつまでたっても「うーん」と首を傾げていて、それが逆に印象に残ったという。

 

ところが、ある瞬間不意に、お芝居が面白いものなんだと分かって、レッスンを受けることを決意する。

 

いざレッスンを開始すると、できないときには何もできなくて、「わかんない…」と突っ立ったままになってしまう。普通の子はできないのを何とかごまかそうとするのだが、それをしない。その反面、できるときは誰よりもできる。今どきこんな不器用な子がいるのか、というのが最初の印象だったという。

 

一度理解して、こうやると決めたことはしっかりできるのだが、本番前の稽古で長いこと悩む。会社などでは、一生懸命やっているのに怠けていると言われてしまう人がいる。本人は必死に考えているのだけど、仕事ではすぐに結果が求められるから、早く働け!と叱られてしまう。能年はまさに、このタイプだった。

 

できるときとできないときの差があまりに激しいので、一度、先生が

 

「才能はすごくあると思うんだけど、このままじゃ何も生かされない。生ゴミみたいだよ」

 

と言ったことがあった。

 

能年にとっては、この言葉が非常にショックだったらしく、その日のレッスン後、「自分は生ごみなんだ、生ごみなんだ…」と(頭の中で)つぶやきながら帰宅したと後に語っている。

 

滝沢先生の真意は、能年のようなタイプは、一見生ごみで何の役にも立たないようだが、「この業界(芸能界)だと宝石に変わる可能性がある」ということだった。

 

そのことを本人に伝えると、それからの能年は、レッスンに熱が入るようになった。

 

レッスンの帰りに滝沢先生を待ち受けて、その日に分からなかったことを全部質問してくるようになった。皆が帰ってしまった後のスタジオで、あのとき先生はこう言ったけれども、あの言葉の意味はどういうことなんだ、という質問を2時間くらい延々としてくる。

 

能年自身は、それでも遠慮していたという。本当はメールアドレスと電話番号を聞いて、思いついたらすぐに聞きたかったが、先生のメルアドを聞くのに遠慮して1年かかったと。

 

この頃の能年のブログには、レッスンのことが頻繁に書かれている。

 

 

やるぞ! 今月レッスン始まる!楽しみすぎる!やるぞ!ぬおーー。(2010年4月3日)

 

 

今日は待ちに待ったレッスンの日でした。今年の一日目。もう…、ああーもう!って感じでした。自己PRをなんでもありで二分に納めてやる、という…。マネージャーさんたちの厳しい感想のすべてが、自分に言われているような… いたたまれなくて走って帰りました(笑)!(4月18日)

 

 

私の性格…一言では言い表せないですが、変とは言われます。自分では、腹黒い部分もあると主張してます。あと、レッスンの先生に個人的に聞きに行ったことがあるんですが「ルックスが綺麗! 変で気持ち悪くてオタクだね!」と言われました。(6月18日)

 

 

レッスンは、演技をするというより…自分の引き出しを作るというか…即興劇とか、瞬発力を鍛えるゲームをやってみたりとか…楽しいです。来週は一人持ち時間2分で、今までのレッスンを踏まえ、なんでもありの発表会!と言われました。もう、楽しげすぎますよね!面白いものにしようと考え中です!(9月14日)

 

 

私、女優さん目指しています!(10月3日)

 

 

滝沢先生の演技指導では、「五感が動かないと人は感動できない」「人は自分が泣きたいのであって、演技している人の泣きを見たいわけではない」ということを前提に、自分の五感や喜怒哀楽の感情を意識して、それを再現するという、感情の追体験というメソッドを行っている。これは滝沢先生がハリウッドに行ったときの経験などを踏まえて独自に開発した「Jメソード」という。

 

能年の独特さは、たとえば「爆笑」と「大笑い」の違いを真剣に考えるところにある。

台本に「爆笑」とあるのと「大笑い」とあるのでは、受けるイメージが違うから、動きも違うはずだと思いつめ、それを理解して、演じ分けるところまで時間をかけて辿り着く。

こうすることで、2種類の「笑い」ができることになり、演技の幅が広がる。

こういう試行錯誤を繰り返して執着できる才能が能年玲奈の天才性だと滝沢先生は語る。

 

 

あまちゃん」の役作りについては、能年には当初戸惑いがあったという。

1週目の撮影で、「もっと明るく、もっと明るく」と言われていたのだが、さっきまでママ(春子)と喧嘩していたのにその後にニッコリ笑うことなんてできない、と悩んでいた。

 

久慈で撮影中の能年からメールで相談を受けた滝沢先生は、何度もメールのやり取りをしながら、アキは能年とは違って、目の前のことになると前のことを忘れちゃう子なんだ、という解釈に行き着いた。それからアキという役に飛び込めるようになったという。

 

滝沢先生は、もちろん演出家の演出には口を出さず、役者のメンテナンスに徹している。

 

能年が芝居を好きになったのは、いつもだったら自分の中に堰き止めているものを芝居だったら出していいからではないかと滝沢先生は考えている。

普段の自分だと出せないから、役を借りて自分の感情や生きている感じ、自分のパワーそのものを出すのだと。演技という回路があって初めて、素の本人の資質が出てくる。

 

今の芸能界では、提示された仕事を即座にこなせないと才能がないと言われてしまう。

滝沢先生は、能年玲奈のように、才能があるにもかかわらず今の芸能界と合わないという理由で出てくることができない子たちを辛抱強く育てていきたいという。

 

 

 

非常に中身の濃いインタビューで、今紹介した部分はまだ半分にも満たない。

 

能年玲奈に興味のある人には必須の資料だと思う。