INSTANT KARMA

We All Shine On

消えたマンガ家

消えたマンガ家―アッパー系の巻 ダウナー系の巻 (新潮OH!文庫) 大泉実成を図書館で見つけたので借りた。

以前から読みたかったのだが、まったく本屋にはおいていないし、古本屋でも見つからなかったので、読めてうれしかった。

中身の充実した本なのに見かけることが少ないのは、大手出版社による漫画家使い捨ての実態について鋭い批判が展開されているため、何らかの圧力があるのではないかなどと勘ぐってしまう。

エースをねらえの山本鈴美香や人間時計の徳南晴一郎山田花子安部慎一など「消えたマンガ家」のその後を取材していて、それぞれに興味深いのだが、自分にとっての目玉は、「鴨川つばめラスト・ロング・インタビュー」であった。

鴨川つばめについては以前の記事にも書いたが、このインタビューは「ラスト」と銘打っているだけあって、以前のインタビューよりさらに突っ込んだことが語られている。

生い立ちや父親との関係とか、いちいち興味深いエピソードの連続なのだが、漫画家としての鴨川つばめに絞って読み込むと、彼が既存のギャグ漫画(赤塚不二夫に代表される)に対して非常に意識的にカウンター的な姿勢をもって臨んでいたことが明らかにされている。

マカロニほうれん荘』の登場は確かに、それまでのギャグ漫画とは明確に異なる文体、リズム、内容を提示する強烈なインパクトがあった。

連載当時は一日に即席ラーメン一食で、あとは最低限の生活費を除いて、作品のための資料、ファンレターへの返事にかかる郵便代に費やされた。

薬屋で「ピロン」という強烈な眠気覚ましのアンプル(死亡事故も出るほどで、薬局も売りたがらなかったとか)を買って、5日間一睡もせずに書いた。

しかし薬によってイメージがわいたりアイデアを得たというようなことはなく、「キャラクターになりきって描く」という手法に徹していた。

たまに寝ると、頭の中にものすごくイメージがあって、「これをいっぺんに描けないものか」と思っていた。目を閉じると、まぶたの裏にフワーッと世界が広がって、そこでトシちゃんやきんどーさんがいろんな会話をしたり暴れたりしている。それを全部描きとめておきたいと思った。

しかし連載を続けるうちに、体力がガタガタになって、キャラクターになりきることができなくなってしまった。キャラクターが元気になればなるほど、それに反比例してどんどん具合が悪くなっていった。やめたいと言ってもやめさせてもらえず、最後はサインペンで書いたりして無理やり止める形になった。

その後の生活については以前の記事に書いた通り。

どん底で「たましいの声を聞いた」体験の後は、いろんな宗教書も読み漁ったが、結局、人間は神様のことについて何も知らないという結論に至ったという。漫画家の中には、宗教に走って「神の声」を聴いてしまう人も少なくないが(特に少女漫画家にその傾向が強い)、中途半端な答えで妥協したくなかった。 最後に彼の言葉を引用する。

これからマンガを描く人に、一言僕から言いたいことがあるとすれば、「敵がいなければ、本当の味方もいない」ということは、言葉として贈りたいですね。 だから、許せないものについてのこだわりというのは、持ち続けてほしいと思うんです。自分自身の原動力というのは、それだったんですけども。