War Is Over

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神秘と宗教はちがう

田中小実昌「エッセイ・コレクションⅠひと」筑摩書房)の中の、「神秘と宗教はちがう」というエッセイが面白かった。田中小実昌については、酒飲みのタコ八郎に似たおじさん、というくらいの印象しかなかったが、小島信夫後藤明生と親しかったというので、どこかのタイミングで読みたいと思っていた。

エッセイの中身を紹介すると、作家仲間で「野良犬の会」というのをやっていて、団長が今東光、副団長が柴田錬三郎、幹事が梶山季之だったのだが、あるとき四谷三丁目の軍鶏(しゃも)屋でみんなでわいわい飲んでいるところで、当時たいへんに有名だったスプーン曲げの少年がきて、別室でパフォーマンスをやるという話になった。

〈有名なスプーン曲げの少年〉といえば、清田君こと清田益章がすぐに思い浮かぶのだが、清田君だったかどうかわからない。いずれにしても、団長の今東光の兄・今日出海が神秘的なことに関心のある人で、インドの神秘家J.クリシュナムルティの会(おそらく「星の教団」のこと)の日本人として最初の会員だったと小林秀雄が「信じることと知ること」という講演の中で話しているから、そのへんのつながりで連れてこられたのだろう。ユリ・ゲラー来日で盛り上がったスプーン曲げブームに、錚々たる作家たちも関心を寄せていたことが窺えるエピソードである。

たいていの人がパフォーマンスを見に別室に移動したが、五、六人は「どうでもいい」という態度で残っていた。残っていたのは田中と吉行淳之介山口瞳といった作家だった。

ところが、会の世話をしていた編集者の女性が、どうしても別室に行ってほしいというので、別室に移ったところ、スプーン曲げの少年が、「このなかには不マジメな人がいて、やりにくい」と言い出し、付き添っていた父親からそう通訳されると、それなら遠慮しよう、と再び元の部屋に戻って飲みだした。

田中に関心がなかったのは、スプーン曲げが手品だと疑っていたからではない。柴田錬三郎は、物質的な力ではなくスプーンが曲がるというのは、今までの考えをひっくり返す、たいへんなことだと言っていたが、田中にはそんなことはどうでもよかった。それ以前のことで、物理的な力以外でスプーンが曲がろうが曲がるまいが、まったく関心がなかったのだ。

田中小実昌の父親はキリスト教の牧師だったが、正統派から逸脱したかなりユニークなことをやっていたようだ。教会の中で信者たちがめいめいに異言を発する、新約聖書に言う「ペンテコステの祭り」のようなことを実践して、田中はそれを「ポロポロ」と呼んでいた。

そんな父親の下で、超自然的なことを、田中は子供のときによく体験した。父はある人と道を歩いていて、その人の懐中時計が一分遅れていることを見ないで当てたりした。

また別のときに、行者が石に念を入れて持ち上げられなくしたといって、何人もの人がやってみたが小さい石なのに重くて持ち上がらないというのを見た。行者はしきりに父にも持ち上げてみろと勧めたが、父は「わたしは信心がありませんから」と断った。

父の周りにはあれこれ不思議なことがあったから、世の中にはたしかに神秘家みたいな人がいるのだと田中は自分の経験から知っていたという。

しかし、いわゆる神秘的なことと宗教とはまるっきりちがう、と父は言っていた。宗教は神秘とかふしぎなことではなく、ただただ事実だ、と父はくりかえしていた。信じたくなくても、あるいは、あることをかたく信じていても、事実がむこうからぶつかってきて、信念もなにも粉々になってしまう。

物理的事実だけが事実ではない、心理的事実や歴史的事実、ひいては宗教的事実もある、といったことではなく、逃げまわり、こばみつづけても、事実がせまってくる、といったことだろう。

このエッセイを読んで、田中小実昌という人は信用できる、と思った。