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パラダイス

パラダイスとはいっても、ストリート・スライダーズの4thアルバム夢遊病に収録されている曲のタイトルのことではない。

全国の詰将棋マニアの愛読書詰将棋パラダイス及びそれを巡って書かれた若島正の著書「盤上のパラダイス」(河出文庫、2023年4月)のことである。

該書は、1988年12月に三一書房から単行本として発売されたが、絶版となり書店では入手できなかったので、この度の文庫化は大変喜ばしい。

5年位前に、詰将棋の世界に魅せられてその奥深い世界の入口に立っておそるおそる中を覗いたことがあり、著名な詰将棋作家の本を集めて、パソコンの将棋ソフトに打ち込んで鑑賞していた。

永遠の傑作、伊藤看寿「将棋図巧」伊藤宗寿「将棋無双は言わずもがな、初代大橋宗桂に始まる江戸時代の名人たちの作品、同じく江戸時代の田代市左衛門、望月勘解由、久留島喜内らの作品、

そして昭和に入ってからの詰将棋世界の開花ともいうべき一流作家たちの作品、

巨椋鴻之介禁じられた遊び

駒場和男「ゆめまぼろし百番」

山田修司「夢の華」

若島正「盤上のファンタジア」

田吉一「極光21」

そして現役プロ棋士たちの詰将棋作家としての作品集、

塚田正夫作品集、

内藤国雄「図式百番」

谷川浩司「月下推敲」

など。

むろんこれらは巨大な詰将棋ワールドのごく一部にすぎない。

今も「詰将棋パラダイス」誌上では毎月趣向を凝らした作品が生み出されている。

つい先日も、斎藤慎太郎八段が133手詰めの「煙詰」を発表し話題を呼んだ

斎藤先生には、最も詰将棋にハマっていたころに詰将棋講座を拝聴させていただいたのが今も強く記憶に残っている。好青年を絵にかいたような素晴らしいお人柄で、以来熱烈なファンになってしまった。現役トップ棋士でありながらこのような作品を創作できるのは、途方もない芸術的才能の賜物であろう。もう一人の天才棋士藤井聡太竜王詰将棋作家としての一面を備えている。

若島本には、「詰将棋パラダイス」の生みの親・鶴田諸兄氏をはじめ、詰将棋の世界に魅せられた数奇な人々の群像が活写されている。その熱い人間ドラマを知れば知るほど、「詰将棋っていいなあ」と唸らされる。

ちなみに自分は、「浦野正彦の五手詰ハンドブック」をウンウン唸りながら解いている程度の初心者である。諸作家たちの名作を真に理解し鑑賞する能力などないのに、ただ訳もなく惹かれているだけだ。

寝食を忘れて苦心惨憺、知恵を絞り命を削って作品を作り上げる詰将棋作家と、それに不屈の精神で挑む解答者たち。そこには純粋な魂の交感だけがあるから、愛好家同士は初対面でも心底から打ち解け合い腹を割って話すことができる。「これこそパラダイスと言わずしてなんと言おうか」と若島氏は言う。

すぐれた詰将棋には、哲学やら美学やらいろいろな物が込められている。機械的な要素に還元できない。日本刀や工芸品に通じるものがあると思う。

AIの時代になっても、人間の魂の結晶たる詰将棋の世界=パラダイスは決して失われてほしくない。