INSTANT KARMA

We All Shine On

Midnight Ramblers

(ロックンロールを長くやっていると興味がなくなったりしない?と問われて)

――ないね。ロックンロールが形式だと思ってるなら別だけど。

村越弘明(『夢の跡 ザ・ストリート・スライダーズ』より)

Rock’n Roll meant it was real; everything else was unreal.

ロックンロールだけがリアルで、ほかのものは全部嘘っぱちだった

ジョン・レノン(『回想するジョン・レノン』より)

この数か月スライダーズを聴き続けて、改めて考えたうえで、わりと本気で言うのだが、

「スライダーズの音楽は、少なくともローリング・ストーンズは越えている」

と思う(ちょっとビビったので色を薄めにした)。

「少なくとも」というのは、ストーンズ以上のロックンロールを演ったバンドはたぶん他にもあると思うからだ。

ストーンズの長いキャリアの中で、最高のロックンロールをやっていた時期は、ミック・テイラーが加入していた60年代末から70年代中期だろうということで大方の意見が一致するのではないか。

アルバムで言えば、「レット・イット・ブリード」から「イッツ・オンリー・ロックンロール」までの時期である。あの「Nasty Music」のライブをやっていたころである。

ストリート・スライダーズは、その時期のストーンズのスタイルをほとんどコピーしている。だからオリジナル性はないのだが、曲は完全に別物だし、そのスタイルを完全に自分たちの音楽にしている。ちょうど、ストーンズがオリジナルのブルースやR&Bを完全に自分たちの音楽にしたように。

そしてここからが重要なのだが、あのミック・テイラー期のストーンズのロックンロールのスタイルは、ストーンズよりもスライダーズの演奏の方が説得力があるのだ。

なぜなら、ストーンズのメンバーよりもスライダーズのメンバー(特に中心人物のハリー)の方が<本物>だから。

有名な話だが、ローリング・ストーンズの「不良性」というイメージはビートルズを意識したプロデュース上のことで、反抗的なポーズ、バラバラの衣装、ぐしゃぐしゃの髪はすべて意図的につくられたもの。商業主義を優先させて「この線で売ろう」と決めた上でのポーズであった。

ミックもキースも元来はイングランドの上品な都市のお坊ちゃま育ちで、ミックの父親は学校の先生で、本人も会計学を学び、国税局に勤めるかミュージシャンになるか悩んだという。キースも元々母親に甘えるいじめられっ子で、アートスクールに通うようになってからポーズとして不良を気取るようになった。

そもそも「不良性」ということで言えば、ミックとキースが束になってもジョン・レノンには敵わない。ビートルズの四人は貧困と暴力で知られるリヴァプール出身で、中でも札付きの不良だったジョンはえげつないケンカ人生を歩んできた。

ビートルズの「優等生」のイメージがブライアン・エプスタインによって仕立て上げられたものだったことも有名な話である。

後年ジョン・レノンが、ストーンズが不良で反体制的というイメージを担ったことに激しいジェラシーを吐露していたこともよく知られている。ソロになってからの「ジョンの魂」や「コールド・ターキー」や「インスタント・カーマ」などでのシンプルでヘヴィーなロックンロールはビートルズ時代の反動でありストーンズへの対抗意識の表れとも見える。

個人的にはこの時期のジョンの武骨なロックンロールは、ハリーのソロアルバムに通じるものを感じる。

スライダーズの演奏は、ストーンズのスタイルからロックンロールのエッセンスをさらに抽出したもので、<本物>が演っているから、説得力がある。

80年代以降のストーンズが若干方向性を見失って自己パロディみたいな作品に走った頃、彼らのスタイルを完全に自家薬籠中の物とし、ジョン・レノンばりの本物の不良性を身に着けた男たちが極東の島国に出現した。それが、ストリート・スライダーズだ。

ジェームスが、「がんじがらめ」収録の「SLIDER」のノリはある意味でストーンズを越えたと語っているが、まったく誇張ではない。「あんたがいない夜」にせよ「So Heavy」にせよ「カメレオン」にせよ、ストーンズが失ったものを明らかに掴んだ演奏である。

これらの作品をネイティブとして享受できるわれわれは非常に幸運だと思う。

ミックやキースより、ジョン・レノンに聴かせたかったロックンロールである。