家族にメンタル不調の人がいるとつい引き摺られてしまいがち。
昨日は夜家族三人が同じ部屋で二時間くらい無言で、猫も部屋の隅のいつもと違う場所でうずくまったままだった。ぼくは最近飲んでいるプロテインも飲まずに寝てしまい息子はロラゼパムを飲んで眠りについた。
そんなとき、「第二期スパンク・ハッピーの音源がサブスク化される」という悲しい朗報が耳に飛び込んできた。
第二期スパンクハッピーとは、SAX奏者であり、ジャムバンド“デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデン”の主催者でもある菊地成孔と、普通のOLとして家電メーカーで働いているキュートなボーカリスト岩澤瞳の二人で1999年に結成されたポップス・ユニット。
2001年ベルウッド・レコードから「インターナショナル・クライン・ブルー」でCDデビューし、2002年9月4日に1stアルバム「COMPUTAR HOUSE OF MODE」をリリース。“80年代リバイバル”の盛り上がりのなか、ハウス、歌謡曲、エレクトロなどを織り込んだ彼らの音楽はサブカルチャー誌を中心にカルト的な支持を得た。また、その独特なライブパフォーマンスにも注目が集まった。サブカルチャー誌を中心に絶大な支持を得たという。
ボーカリスト岩沢ひとみ
先に「悲しい朗報」と書いたのは、ぼくはすでに彼らの音源をCDで揃えており、iPodでいつでも聴けるので、サブスク化されると、「俺だけが聴いてる」という特権意識が思いもよらずはく奪される羽目に陥るからで、その一方で、最近iPdodが壊れてしまい、聴けなくなったのを嘆いていたから、サブスク化されるとスマホでいつでも聴けるようになるという事実があるからだ(ちなみにぼくは今でもスマホでサブスク化された音楽を聴くことには微かな抵抗がある。家族が入っているので家族割が使えるからという理由で聴き始めたに過ぎないのだが、やはり便利なもので、ついiPodのほうが疎かになってこっちばっかり聞いてしまっている。あと不便なのは、自分でCDをiPodに取り込んだアルバムをサブスク化の方で聴こうとしたらエラーになってしまうことだ。どういうカラクリでこんな人権侵害的なことが起こっているのかわからないがこれには深い憤りを感じている)。
リアルタイムではスパンクハッピーのことをまるで知らなかった。その頃(20世紀末から21世紀初頭)はいわゆるポップ・ミュージックを聴くという習慣から最も遠ざかっていたころだったし、いわゆるヒットチャートの上位にきてる音楽などについても全然知らなかったせいだ。
ちなみに彼らがデビューした2001年のヒットチャートを見てみると、
オリコンCDシングル年間売上ランキングは、
順位 CDタイトル アーティスト 発売日 年間売上(万枚)
1 Can You Keep A Secret? 宇多田ヒカル 2001/02/16 148.4
2 M 浜崎あゆみ 2000/12/13 131.9
3 PIECES OF A DREAM CHEMISTRY 2001/03/07 113.1
4 波乗りジョニー 桑田佳祐 2001/07/04 110.4
5 恋愛レボリューション21 モーニング娘。 2000/12/13 98.6
6 白い恋人達 桑田佳祐 2001/10/24 95.7
7 evolution 浜崎あゆみ 2001/01/31 95.5
8 ボクの背中には羽根がある KinKi Kids 2001/02/07 91.9
9 Lifetime Respect 三木道三 2001/05/23 89.7
10 アゲハ蝶 ポルノグラフィティ 2001/06/27 89.0
11 ultra soul B'z 2001/03/14 87.6
12 Everything MISIA 2000/10/25 87.0
となっているらしい。
このなかにぼくが知っている曲は1.6.12の三曲しかない。それも当時は知らなくて、後になってからだ(さすがに一位の宇多田ヒカル嬢の曲くらいはなんとなく耳には入っていた気がするが)。
スパンクハッピーという名前を聞いたときに、誰でもそうだと思うが真っ先に浮かんだのは、英国(?)のスラップハッピーSlapp Happyというバンドで、「誰でもそうだと思うが」と書いたのはこのバンドを誰でも知っているという意味ではなくて、スパンクハッピーSpankHappyという名前とスラップハッピーSlappHappyという名前が似ているということを誰でも思うだろうという意味だ。
ぼくがスラップハッピーSlapp Happyというバンドを知っていたのは(これは誰でも知っているとはいえないと思う)学生の頃に入っていた音楽サークルにカンタベリーロックの愛好家がいてその人(先輩)から聴かせてもらったことがあるからだ。
最初はテープを借りて聞いたのだが気に入ったので自分でアルバム(CD)を買った。
そのCDというのは、「Acnalbasac Noom」、「Casablanca Moon」、「Desperate Straights」の三枚である。「Acnalbasac Noom」と「Casablanca Moon」は、タイトルからも分かる通り同じ曲を違うアレンジで演奏している。「Acnalbasac Noom」のほうはドイツのプログレ(?)バンドFaustが演奏していて、これもいいのだけどぼくはどちらかといえば「Casablanca Moon」の抒情的なアレンジの方が好きだった。
「Desperate Straights」はタイトル曲がいい。ピアノで同じフレーズを延々とループするだけの曲なのだが、厳粛な感じのドキュメンタリー映像などと一緒に流すとなんともいえない効果的な雰囲気を作ることができる。具体的には、気持ちが森羅万象と一体になってそうな雰囲気というか何というか、そんな確固たる感じ。
ぼくがスパンクハッピーの音楽に初めて触れたのは、ユーチューブでライブ映像(たしかオリビアニュートンジョンの「フィジカル」のカバー)を見たときだったと思う。
ハッキリ覚えていないのは、今はその映像が著作権の関係で見ることができないのと、菊地さんのラジオ(粋な夜デンパ)でかかったのを聴いたタイミングとどっちが先だったかがハッキリしないせいだ。
で、どっちにせよすごく惹きつけられたぼくは、中古CD屋に走ったがどこにも見つからず、某図書館のCDコーナーにあるのを知ってアルバム「COMPUTAR HOUSE OF MODE」と「Vendôme,la sick Kaiseki」を借りることに成功した。
シングル「インターナショナル・クライン・ブルー 」と「ANGELIC」は仕方なくアマゾンで買った。仕方なくというのは、この二枚はどうしても中古CD屋でも図書館でも見つけることができなかったからである。しかし最終的にはこれがよかった(理由は後述)。
さて肝心の音楽について、ぼくは音楽的なことは素人で何もわからないが、チープで単調なエレクトロ・サウンド(しかし決してチープではない)に岩澤瞳の無表情な声がよくマッチし、菊地氏の囁くようなボーカルもそれと対照的な効果を上げていて、謳われている内容の不可思議でペダンディックなエロチシズムの世界と混然一体の桃源郷のような世界を醸し出している。それがなんかこう、実に心地よい。
谷崎潤一郎の世界を21世紀の近未来に持ってきたようなかんじ。
たとえばこんな菓子歌詞を、清楚で美しく可愛らしい岩澤瞳のような少女が真剣に無表情にディスコミュージックに乗せて歌っているところを見れば、たいていの谷崎ファンや川端ファンはグッとくるだろう(こないか? ぼくだけか?)。
おしえて一番楽しんでたのは誰の体?誰の心?
おしえて世界を動かすおじさまいつも傷ついた男の子のEメールは長いわ
彼の質問に答えてプレジデントプレジデント
あなたのジェットで
一番美しかったのは誰の体?誰の心?
答えは30秒後のテレビでさっき教会でジュースをこぼしたわ
誰かが天罰下すかしら?
一部ファンの間ではよく知られている話だが、菊地成孔はこのアルバムを作っている間ずっと不安神経症に冒されていて、とても大変な時期であったらしい。一方の岩澤瞳も菊地とはまた別の精神的な病を抱えていて、それが原因で2004年4月には脱退、引退してしまう。
しかし軽躁感に溢れる彼らのダンス・ミュージックからはただひたすら人生のこの一瞬がすべてという多幸感のみが伝わってくる。アメリカのロック評論家グリール・マーカスがピート・タウンゼントの言葉を引用して「ロックは人の悩みを消すのではなく、悩みを抱えたまま踊らせる」と述べたように、第二期スパンクハッピーの音楽は、心の病を癒すのではなく、病を抱えたまま踊らせるのだ。
資本主義がまだ有効な世界において可能な唯一無二のダンスミュージック。
なぜこんな奇跡みたいなポップスがヒットチャートと無縁だったのだろう?
宇多田ヒカルのように当時この音楽がぼくの耳に届いていれば、ぼくの人生もこの国の歴史も変わっていたに違いないのに。
わたしはスパンクハッピー
あなたを救いに来た
わたしはスパンクハッピー
あなたに買われに来たの