War Is Over

 if you want it

菊地成孔年譜(暫定版)(2)

1995年(平成7年)32

3.15 SPANK HAPPY「空飛ぶ花嫁」

3.17 めいなCo.「遥かな時代の階段を」

4.5 Wildjumbo "Great" Rhythm Section「WILDNIGHT at SPEAKEASY」

徳間ジャパンに、小西さん、桜井鉄太郎さん、窪田晴男さんの3人が「ワイルドジャンボ」というレーヴェルを立ち上げた時に(今、どうなってるんだろう?知らない)ライブ・パーティーをやりまして、それのライブ盤が出てるんですよね(確か)。ブルースを吹きまくっています。僕大活躍(爆笑)多分廃盤だろうな。

5.10 SPANK HAPPYFREAK SMILE」

6.20 GROUND-ZERO「革命京劇」

6.21 THE SURF COASTERS「Surfside Village」

6.21 花代「Dang Dong」

これは楽しかったな。出産前で、日本でテレビタレントめいたこともしていた頃の花代ちゃんのシングルです。かの香織さんのポップな曲ですけど、何とメルツバウの秋田さんのEMSが入っているのがコレクターズアイテムでしょう(苦笑)

8.6 新宿ピットインTIPOGRAPHICA 「LIVE RECORDING」

9.1 かの香織「裸であいましょう」

9.1 TRANSISTOR GLAMOUR「TRANS POP」

9.1 EL-MALOEl-Malo III」

9.30 Pizzicato Five「ROMANTIQUE 96」

ピチカの小西さんとは、結構な数の仕事をしていますが、確かピチカには2曲ぐらいソロ吹いた筈なんだよなあ。小西さんは余りディレクションしないで、最初に「こんな風に」といったらスタジオ出て行っちゃうタイプです。終わり頃来て「はいオッケー」という。

10.25 坪口昌恭 PROJECT「M.T.Man」

11.17 TIPOGRAPHICA「The Man Who Does Not Nod」

11.22 濱田マリ「フツーの人」

11.25 あらきなおみ「東京トラッド」

12.25 SPANK HAPPY「CHOCOLATE FOLK SONG」

 

1996年(平成8年)33

1.24 Vita Nova「ancient flowers」

3.1 倉地久美夫「太陽のお正月」きなこたけレコード

3.20 Kazmi with Rickies「Who」

ASA-CHANGプロデュースによる、元ネロリーズのカズミちゃんの名盤ですねこれは。僕がやったチューンもムチャクチャにかっこいいです。最高最高。アレンジャーとしての僕の一番上手く行った奴じゃないかなあ。これは手元に現物あります。クラブプレイの時に必ず回すので。「プリーチ」という曲です。メンバーも豪華。

4.19 Tipographica「God says I Can't Dance」

4.27   「Female Trouble2」六本木ロマニシェスカフェ

4.30 新宿ピットイン「GROUND-ZERO SPECIAL」

大友良英(Turn-Tables,G)内橋和久(G)松原幸子(sampler)ナスノミツル(B)植村昌弘(Ds)芳垣安洋(Ds)田中悠美子(義太夫三味線)菊地成孔(Sax)

映画音楽に入ってもらったり、ときどきライブに来てもらったりで、彼との接点が出来たわけだけど、本格的に交流しだすのはGROUND-ZERO末期、96年に彼が正式にこのバンドに参加しだしてからだったと思う。もしかしたら、その少し前くらいから、頻繁に行き来が始まっていたのかもしれないけど、よく覚えてないや。この頃から、彼のPITINNなんかのセットにも呼ばれるようになり、オレはいつからか彼をなるちゃんと呼ぶようになり、彼はオレを大友っちと呼ぶようになる。オレは彼が、オレのことを大友っちと呼ぶ言い方が気に入っていた。(大友良英

5.1 soundtrack「秘境探検 ファム&イーリー ソング・コレクション」

5.17 めいなCo.「罠」

5.22 大友良英「女人,四十。」

6.5 GROUND-ZERO「革命京劇 Ver.1.28」

6.19 暴力温泉芸者「NATION OF RHYTHM SLAVES」suite¡supuesuto!

これはすげえ楽しい現場でした。デス渋谷系の創生期。っつうか、東芝暴力温泉芸者のアルバムを出していた。という時代ですね。中原くん、ASA-CHANG、という、僕が大好きなクリエイターが現場に揃っていたので、嬉しかった上に後日、中原くんの「ソドムの映画市」という映画評の本(これ傑作。必読)にこの時のことがちょこっと書いてあって嬉しかった記憶があります。野坂昭如の歌のカヴァー。

6.21 今井美樹「THANK YOU」

6.21 SAMPLY RED + RIYU KONAKA「奇跡と退屈」

カルピスウォーターのTVCMをこの匿名のユニットがやることになり、結果としてはぜんっぜん 売れなかった(爆笑)のですが、メンバーも豪華だし、出来も凄く良くて、今でも気に入ってます。何せ、作詞とアレンジとキーボードが僕で、ヴォーカルがこなかりゆさん、ギターがマイリトルラバーの藤井くんでドラムがコレクターズの人、ベースは当時のコーネリアス回り、そんで大友良英ターンテーブルですよ、これ僕と大友とこなかさんが後にがんばって売れれば(苦笑)コレクターズアイテムに成ること必至。「奇跡と退屈」という曲です。

6.21 原みどり「worst 12 in heaven」

6.24 夏木マリ「ゴリラ」

スパンクスの河野くんと共同で、小西さんプロデュースの夏木マリさんのアルバム「ゴリラ」のタイトルチューンのアレンジをしました。まあ、60年代初期のハードバップ風ですね。あまり実験出来なかった(河野くんと二人だったから・・・苦笑)

6.25 新宿ピットインにてライブ「ミスタードーナッツシュトックハウゼン」上演。

菊地成孔(Sax)大友良英(Turn-Tables,G)内橋和久(G)水谷浩章(B)

8.21 市井由理「JOYHOLIC」

東京パフォーマンスドールイーストエンド&ユリと来てソロに成った市井さんのアルバム「ジョイホリック」(ソニー。・・・・だと思う)は、ASA-CHANGのお引立てで作詞、作曲、ホーンアレンジ、サックスプレイ。とほとんど総ての事をやってますが、まあ作詞家としての尽力が一番大きいのかな。「ピクニック・ラブ」「双子の恋人」「タイムマシーン・ブレーカー」「レインボー・スキップ」「ふたりだけの日記」

8.25 ハイポジ「かなしいことなんかじゃない」

もりばやしさんとも10年来の知り合いで、ハイポジも昔っからいろいろやってますけど、ホーンアレンジャーとしては「ナミダハボーリョク」という曲をやっています。これは、アートアンサンブル・オヴ・シカゴ的な、最高のアレンジをしたのにミックスでズタズタにされたので、今でも恨みに思っていて、そういう意味で記憶に残っていますね(苦笑)

9.15 倉地久美夫菊地成孔外山明「うわさのバッファロー

天才倉地久美夫です。探すのは困難でしょうが、ティポグラフィカスパンクハッピー、グランドゼロと並ぶ、僕の代表作となる強烈無比な音楽です。「太陽のお正月」というライブアルバムと「噂のバッファロー」というスタジオ録音と2枚あるのですが、京浜兄弟社のコンピに入っている「ザバザバ」という曲も良いです。

10.21 小泉今日子「オトコのコ オンナのコ」

10.21 Clémentine「Give me little more」

11.1 かの香織「OH LÀ LÀ」

かのさんとも一時かなり御一緒しました。これは、サンプリングコラージュを含め、バラードをサンプラーだけで作る。アコピはプリペアドにする。という実験をやって、大いに迷惑かけちゃったな。でも、気に入っています。「デイジー」という曲です。

11.7 江口洋介「On the Road」

11.11 Clémentine「à suivre... ~The Very Best of Clémentine~」

これを憶えているのは、2日連続で小西さんプロデュースの仕事があり、一日目が「男と女」で二日目が「イパネマの娘」だったからで「すげえ、世界名曲デーですね」とかいっていた憶えがあるからです。どっちがどっちの曲かは、だから忘れちゃった(苦笑)スタン・ゲッツの安いモノマネみたいな、いい感じのプレイにしました。

11.21 小泉今日子「otokonoko onnanoko」

12.4 MOON RIDERS「Bizarre Music For You」

ライダースにも1曲だけ、岡田さんの曲で、確か「みんなライバル」とか・・・いったよな・・違ってたらスンマセン。マーチみたいな曲。これは僕のセンス。というより、岡田さんが打ち込んで来たものを生用にちょいといじった仕事でしたが。ライダーズは憧れのバンドなので張り切ってやりました。

12.8 新宿ピットイン「ミスタードーナッツシュトックハウゼン

菊地成孔(Sax)大友良英(Turn-Tables,G)内橋和久(G)水谷浩章(B)

12.11 新宿ピットイン「菊地成孔TRIOと女友達」

菊地成孔(Sax)南博(P)水谷浩章(B)坪口昌恭(Key)ハラミドリ,木津茂理(Vo)

12.18 安達祐実「Viva! AMERICA」

GROUND-ZERO「革命京劇 Ver.1.50」

1996 Bästard / Ground Zero「Pinball Tenacity / Live Mao '99」

 

1997年(平成9年)34

1.22 v.a.「江戸屋百歌撰 丑」江戸屋レコード

これは隠れたお気に入りです。チャーがやってる江戸屋レーヴェルの何周年か記念のコンピで、デュエットばかりを入れたのを出すとかで(確か)小川美潮さんとどなたか(忘れちゃった。すんません!)のデュオにサックス入れたんですけど、すげえ良いチューン。音より、歌よし、曲よし、詞よし、サックスよし。

2.26 スガシカオヒットチャートをかけぬけろ

この人も今はすごい有名に成ったのですが、デビューアルバムかなんかに入ってます。「僕の醜い魂よ~ヒットチャートを駆け抜けて~」とかいう歌詞でした。「ついこの前までセールスマンやってて、カタギだったんすよ~。よろしくおねがいしま~す」とか腰が異様に低いのに、凄い才能のきらめきを感じた人でしたね。

4.1 ギロチン兄弟「サスペンスキャリー・プロ」

4.15 GROUND-ZERO「plays Standards」

大友良英さんとはかなりの数のレコーディング、ライブを御一緒しているんですが、中でもグランドゼロの「プレイズ・スタンダード」は大友入魂、必聴の名盤です。これも僕大活躍(爆笑)吹きまくりです。ワイルドジャンボオールスターズとグランドゼロで大活躍。すげえコウモリみたいじゃん(苦笑)

4.15 GROUND-ZERO「CONSUME RED」

4.23 ブロンソンズ「スーパーマグナム」

5.25 こなかりゆ「A FUNNY EGG」

6.5 SAMPLY RED「IT'S FOR MY EGO」

6.19  Tipographica「Floating Opera

7月 ティポグラフィカ解散。

「解散の理由は唯一にして簡潔」であり、「作曲家としての今堀恒雄が自己の表現の可能性の更なる追求を行った結果、それが最早〈バンド〉という形態では表現し切れなくなった」ことによる(菊地成孔による解散宣言より)。

そんな時期だ、彼が長年やっていたティポグラフィカと、オレのGROUND-ZEROがほぼ同時に解散するのは。2人とも、バンドがなくなって、なんとなく、ショックで、オレなどは1ヶ月くらい、何も出来なくてぼ~っと漫画ばっか読んでいた。でも、この97年から98年の空白のような時期、実は次の10年に起こるいろいろなことが用意されていたのだ。あの時期、ぼくらは今からは考えられないくらい暇で、この時が一番互いの家に行き来したりして、彼の手料理も一番食った時期。当時本人は「サックスは二流だけど料理は一流」なんてギャグをいいながら料理を作ってくれたけど、とんでもない大嘘。サックスも料理も一流だ。(大友良英

6.25 Vita Nova「SHINONOME」

7.21 高橋徹也「チャイナ・カフェ」

8.1 EL-MALO「SUPER HEART GNOME

エルマロとも随分やったんですが、一番新しい2枚組(多分)に入っているのがグレード一番高いですね。

8.8 本木雅弘イカルスの恋人」

8.15 坪口昌恭PROJECT「東京の宇宙人」

9.3 スガシカオ「Clover」

9.23 v.a.「CAMP SKiN GRAFT "NOW (!) WAVE"」

9.26 v.a.「Lounge-A-Palooza」

11.10 新宿ピットイン「渋谷毅ORCHESTRA」

渋谷毅(P)峰厚介(Ts)松風鉱一(Sax)林栄一(As)菊地成孔(Sax)青木泰成(Tb)石渡明廣(G)川端民生(B)外山明(Ds)

11.14~16 新宿ピットインHIROSHI MINAMI PIANOHOLIC NIGHTS

14日(金)PIANOHOLIC MEETS HIS BEST FRIENDS

南博(P)梅津和時,菊地成孔(Sax)水谷浩章(B)芳垣安洋(Ds)

15日(土) 16日(日)PIANOHOLIC MEETS MONSTERS

南博(P)五十嵐一生(Tp)菊地成孔(Sax)吉野弘志(B)森山威男(Ds)

11.19 Vita Nova「SUZURO」

12.7 新宿ピットイン 菊地成孔「4人のコイントスによる即興と合唱による<主よ、女王の腹痛を守り給え>」

菊地成孔(Sax,CD-J,Vo)横川理彦(G,Vo)角田亜人(sampler,Vo)水谷浩章(B,Vo)

ライブのタイトルは「4人のコイントスによる即興と合唱<主よ、女王の腹痛を守り給え>初演」といって、4人でコインを投げて16曲(4人のコイン裏表で順列が16通りだから)の曲順を最初に決め、それを曲間なしで一気に演奏します。即興あり、歌(全員で合唱)ありで、歌は俺がパイプオルガンで伴奏するオリジナルの賛美歌やムーンライダースのカヴァー、スパンクハッピーのの未発表曲など。あんまり盛り上がらないでのんびりやる。

12.28 Cassiber「Live in Tokyo」

 

1998年(平成10年)35

自由が丘に転居。

1.20  RUINS「REFUSAL FOSSIL」

2.12 新宿ピットイン 加納美佐子SESSION

加納美佐子(P)菊地成孔(Sax)吉田達也(Ds)

2.25 「ユリイカ」三月号に「ミスタードーナッツシュトックハウゼン」発表。

3.8  GROUNZ-ZERO、渋谷オンエア・イーストにてラスト・コンサート。

3.11 CREAMY「ピンク色の過去とそして今もピンク色に悩まされ続ける人達に送るアルバム」

これも確か、楽しくやった感じでしたね。このタレントさんは消えちゃったみたいだけど。ニーノ・ロータ的。

3.11 新宿ピットイン「満足山」

外山明(Ds)菊地成孔(Sax)石渡明廣(G)ナスノミツル(B)

3.18 夏木マリ「13 CHANSONS」

4.18 新宿ピットイン「ミスタードーナッツシュトックハウゼン 改訂音響版/stockhauzen on mr'donut sound issue」

菊地成孔(sampler,Textread,Sax,etc)大友良英(Turn-Tables,G,electronics)

5.2 高橋徹也夜に生きるもの」

この人も異能の天才で、ホーンアレンジもかなりやりましたが、サックスソロも吹いてるしライブもやったし、果てはヴィデオクリップにまで出てしまいました。でも、ホーンアレンジが一番好きかな。ギル・エヴァンス的な、ダークで低音寄りのセクションがはいってます。

5.8 新宿ピットイン BONE&GUDANG

サム・ベネット,芳垣安洋(Per,Voice,etc)ゲスト:菊地成孔(Sax)

5.15 新宿ピットイン 早坂紗知 サックス・カルテット+2

早坂紗知,林栄一,津上研太,菊地成孔(Sax)永田利樹(B)八尋知洋(Per)

5.21 菅野よう子COWBOY BEBOP

5.21 ヲノサトル「BIKINI MOON」

ヲノさんの「楽しい科学」?だっけかな?ソロアルバムに1曲だけ入ってます。ムードテナー的。パパッとやって、ササッと帰ってきて、実に軽くお洒落な現場でしたね。ヲノさんらしい。

5.21 MariMari「J」

この人は凄くステキな人で、レコーディング現場でお会いして、一目惚れしてしまった人です。スパンクスのヴォーカルを誰にする?という会議で真っ先に名前を出させて頂いた位で(ダメでしたが)歌声も曲も詞も良い感じで、プレイもそれに乗ってすげえ良い感じで出来ました。

5.30 馬場俊英「DOWN THE RIVER」

6.2 CASSIBER「LIVE IN TOKYO」

6.3 菅野よう子COWBOY BEBOP Vitaminless」

6.17 小島麻由美「さよならセシル」

ASA-CHANGも僕を使ってくれることが多いプロデューサーの一人ですが、これもそうです。小島さんのは一回ボツになって、確か最近アウトテイクス集かなんかに納められたんじゃないかな。

6.24 今堀恒雄trigun the first donuts」

7.15 サニーデイ・サービス「24時」

7.23 ヤリリン クリリン「ヤリクリCD」

7.26 新宿ピットイン「坪口昌恭PROJECT通算100回記念」

坪口昌恭(P,Key)菊地成孔(Sax)水谷浩章(B)外山明(Ds)ゲスト:青木泰成(Tb)

8.5 菅野よう子「BRAIN POWERD」

8.6 新宿ピットイン 外山菊地石渡

外山明(Ds)菊地成孔(Sax)石渡明廣(G)

8月~ 謎の高熱が続き、東京女子医大耳鼻科に入院。壊死性リンパ腺結節炎と判明。生死を彷徨う経験をする。

関係者各位の皆様へ
 ちょうど半年前にも病による長期休業(1ヶ月)のお知らせのハガキを書いていたばかりですが、日頃の行いの悪さでしょうか、同じ行為を年に二度もするハメに成りました。苦笑するにも苦笑仕切れずといった心境です。何という年でしょうか。
 今回はクオリティもクオンティティも遥かに前回のそれを上回る物で、看病の家内共々生まれてはじめて相当リアルに「死」という物を感じる瞬間が有りましたし、担当医(大学病院の教授です)に「ガンの可能性が高いです。その場合はガン病棟に移っていただくことになります」等と言われた瞬間には、情けないことに「ガーン」と口走る事を止める事が不可能でした。
 しかしお陰様で結果はガンではなく「壊死性頚部リンパ結節炎」という死病ではないが極めて臨床例が少ない、しかも成人男子の症例は極めて珍しいという奇病だったのですが、現在はお陰様で完治致しまして、去る9月10日、本来ならスパンクハッピーのオンエア進出公演であるべき日に退院致しました。因果応報とは申しますが、普段まさかそこまでの皮肉を僕が口走って生活しているとは現在でもとても考えられず、いっそのこと宗教にでも入って収入を安定させてやろうかなとかすら思っています。
 ハガキ一枚では済む筈もない、多大なる御迷惑と御心配をおかけしました。大変申し訳ありませんでした。又、こんな私に励ましやお見舞をして下さった方々には心から感謝致します。有り難う御座いました。
 正式な現場復帰は10月11日の「横浜ジャズプロムナード」に成ります。中止に成りましたスパンクハッピーのオンエア公演は来年1999年1の月に行う予定です。
 今回の入院での二大解ったことは「体が資本」ということと「人は必ず最後は死ぬ」ということでした。今後も体が資本である旨を忘れず、死ぬまでは頑張る所存ですので、皆様変わり無い御指導御鞭撻を頂ければ幸いです。取り急ぎ退院報告まで。
1998年 9月12日 菊地成孔

9.15 パラダイス・ガラージ「実験の夜 発見の朝」

これを録った日は、昼イチでパラダイスガラージュがあって、終わってそのままサニーデーサーヴィスの録音だったんで憶えてる。「今日はクイックジャパンの日だ」なんつってね、クイックジャパンはどうなってるんでしょうか?どっちも才能ある好青年という感じで、素晴らしかったです。

9.30 体調悪化のため再入院することになる。

10.1 江口洋介「Free Life The Best of YOSUKE EGUCHI 1994~1998」

10.10 退院したらスパンク・ハッピーが菊地ひとりになっていた。

 スパンクハッピーは僕が今後も維持します。
 これは熟考と本能的判断の双方が同じ解答を出したので、揺るぎありません。だから結果的に現象としては「ミドリちゃんが脱退した」という形になり、解散はありません。さっき「リーダーによる正式コメント」としたのは、そういう意味です。
 ただ、これは単なる現象の名前に過ぎず、「脱退」と言っても、ミドリちゃんがスパンクスを嫌になったとか、僕が彼女を蹴飛ばして追い出した。とかではない事は言うまでもありません。
 賛否あると思います。というより、否定的な見解のが多いかも知れないけど、これは勿論ミドリちゃんとも同意の上での話です。「僕等が決別してしまうなら、もうスパンクハッピーはなくなったという事だね」という判断に成らなかったのは、主に僕の思い入れの強さによる物です。結成当初「ミドリちゃんの歌と河野の打ち込みにのっかってポップス界で少し金でも稼ごうかな」程度に思っていたこのバンドが、8年間のあいだに自分でもびっくりする位大切な物に育っていた事に気がついたのは本当に最近の事でした。
 だから、もしあなたの考えるスパンクハッピーが僕とミドリちゃんがどうしても揃っていなければいけない。とするのなら、残念だけど今後、違う誰かが歌うかもしれない「僕は楽器」に、「スパンクスのテーマ」に、「破壊」に、耳を塞いで逃げ出して貰うか、頭の中で違うバンド名でも設定して貰うか(「もう、これはスパンクスなんかじゃない」)、陶酔し、愛して貰うかしかありません。
 今後のスパンクスが、どんな形態、メンバーに成るのかは全く決まっていません。決まっているのは僕が歌を作り続けるということだけです。ミドリちゃんより素晴らしいヴォーカリストがいるのかどうか考えるだけで目眩がしそうだし、今は僕の心身がこういう状態なので何もできませんが、必ず復帰して皆さんの前に新しいスパンクスをお見せする事はお約束します。それが僕の解答です。

Spankhappyを脱退するのは私自身とても辛いことでしたしとても覚悟のいる決断でした。菊地も書いているように、脱退にいたる経緯はとても説明できません。
いま言えるのはただ菊地のオンガクが、私の歌が、それぞれに続いていくということです。
今回、彼を支えていたものは、オンガクと、友達とそしてこうやって彼に対する愛情を示してくれている皆様だと、ホントに思いました。私も同様です。
最初の頃に皆さんに複雑な思いをさせてしまったことを深くお詫び申し上げます。
そして皆様の思いは確実に私にも届いています。
また歌という現場で、皆さんと、そしてまだ会ったことのないけどコメントをくださった皆さんとお会いしたいです。
菊池成孔の創り続けていくオンガクと新しいSpanksを私はいつかまた聴きたいし聴くことでしょう。私が彼の作り出し奏でるオンガクを愛していることは皆さんと同様です。私は本当に彼のオンガクを愛していました。涙がでるほど。
それは同様に彼自身に対して、も、です。
菊地成孔とのspanksで得たものは何にも変えられない宝物です。
最高級のキスと感謝の気持ちを菊地氏に捧げます

原緑

10.21 菅野よう子COWBOY BEBOP No Disc」

10.22 新宿ピットイン「菊地成孔TRIO 菊地成孔復帰ライブ」

菊地成孔(Sax)南博(P)水谷浩章(B)

10.31 松崎ナオ「正直な人」

10.31 新宿ピットイン「森山威男2DAYS」

森山威男(Ds)井上淑彦,伴田裕(Sax)田中信正(P)望月英明(B)

ゲスト:31日(土) 菊地成孔(Sax)

11.21 菅野よう子「BRAIN POWERD Original Soundtrack 2」

 

1999年(平成11年)36

1.11   スパンクハッピーのボーカル候補岩澤瞳に会う。

小学生の時の初デートの様な気持ちでモヤイ像の前で待ち合わせるが、いざ会ってみると、予想していたけど、余りのジェネレーションギャップの大きさに気を失いそうになる。彼女はまだ19歳で、今時珍しく優雅な感じの美しさがあるがいわば完全な空虚で、スパンクハッピーはおろか、音楽の事さえほとんど何も知らない。勿論、全く僕のことも。

何を手がかりに、何を共有して、何を飴に、何を鞭にすればいいのか全く解らず途方に暮れた。音楽のパートナーとしては言うに及ばず、ガールフレンドだとしても、僕には難しいタイプだ。黙ってミステリアスにしているが、中身は全く何もない。といった深遠さ。

未だ一人目だと言う事も手伝い、僕は彼女の歌声も聞いていない内からすっかり断ることに決めてしまい、後は話している最中「一体誰が断るのか?」という事で頭がいっぱいになるばかりで、目が回った。息が詰まりそうだ。

これが、新しいヴォーカリストを探すという事なんだな。これからこれを何度も繰り返さなくてはならないのか。しばらくヴォーカル・ハンティング自体を休もうかと坂本マネージャーに相談してみる。この子にもう会うこともないだろう。

1.21   浅田祐介「Boxer」

1.29 新宿ピットイン「菊地成孔SOLO ACT」

菊地成孔(Sax,CD-J,Tape,Key,sampl,etc)ゲスト:こなかりゆ(Vo)

2.11 新宿ピットイン「菊地成孔ヘンリー・ダーガー&1000ピアノカクテル」

菊地成孔(Sax,electronics)南博(P)大友良英(G,electronics)菊地雅晃(B,electronics)芳垣安洋(Ds)こなかりゆ(Voice)

2.24 吉岡忍「PINUPS」

ピチカ小西さんのオファーで2曲「これは恋に似てる」つう、ラテンみたいな仕掛けの多い曲と、「雨の日はなんとかかんとか・・」何かそんな詞の曲で、バカラック~ギル・エバンス的な3管のラインを入れています。

3月 ウェブページ「GROOVE ID」スタート。

3.2 新宿ピットイン「加納美佐子TRIO」

加納美佐子(P)菊地成孔(Sax)吉田達也(Ds)

3.10 我那覇美奈「きみにとどくまで. . .」

彼女にも3曲くらいアレンジしたんだよな確か。2曲はかの香織さんの曲で、何だっけ、結構実験したんだよな。ドラムンベースのループをそのまま遅くして、バラードのドラムにしたり、とんでもないマイナーなクラシックの海賊版からフレーズ抜いたりとか「要らない実験」を多様して(苦笑)います。

3.12 新宿ピットイン「菊地成孔SOLO ACT」

菊地成孔(Sax,CD-J,Tape,Key,etc)ゲスト:もりばやしみほ(Vo)

3.25 白鳥由里「ニコル」

声優の白鳥さんに、ティポの今堀と二人でソングライターチームを結成し(彼が作曲、アレンジ)、4曲作詞しました。「ニコル」というアルバムです。「メタル・リセ」「助手席の悪魔」「ロリータは密林の教会へ行ったか?」「市街地」

4.7 新宿ピットイン「菊地雅章Presents「Music For Myself」」

7日(水)MONK'S 「Post Groove~Monk's Music」

菊地雅章(P)峰厚介,菊地成孔(Sax)福村博(Tb)水谷浩章,菊地雅晃(B)芳垣安洋(Ds)

4.21 「DCPRGに関する最初の企画書」執筆。

5.1 菅野よう子Cowboy Bebop Blue」

5.5 新宿ピットイン東京ザヴィヌルバッハ

坪口昌恭(Key,Comp)菊地成孔(Sax,CD-J)五十嵐一生(Tp)

5.21 弘田三枝子「東京27時」

これも小西さんオファーシリーズですね。小西さんの書いた60年代歌謡曲みたいな曲に「シオノギミュージックフェア」ミーツ「スモール・サークル・オヴ・フレンズ」みたいな、ダサ目のソフトブラス。みたいのを入れました。

5.23  浅草のロック座に出演している踊り子(鈴木くるみ)をスパンクスのボーカルにしたいとの手紙とデモ・テープを持っていく(本人には会えなかったが人づてに渡すことには成功)。

6.2 V.A.「Cowboy Bebop remixes music for freelance」

6.2 TOMOVSKY「LEISURE」

これもASA 関係。「昔みたいに遊べない」という曲のホーンセクションを12人というデカイ編成で書きました。大蔵ミュージカルのビッグバンドみたいな。

6月  GROUND-ZERO「融解GIG -LAST CONCERT-」

7.11 unbeltipounbeltipo

7.13 新宿ピットイン大友良英NEW JAZZ BAND」

大友良英(Turn-Tables,G)菊地成孔,津上研太(Sax)水谷浩章(B)芳垣安洋(Ds)

7.21 Black Out with 山下 洋輔「Live at Buddy 1999 2.26」

8.25 武内享「Living Rock」

9.1 スパンクハッピーのボーカルを岩澤瞳に決定する。

彼女は19歳。僕が17歳の時に横浜で生まれ、中学に進む頃には歌手になると決めた。血液型はAB型。12月10日生まれ。好きなタイプはケイン・コスギ、B'zの稲葉、日本のトップテンチャートの音楽以外はマライア・キャリーしか聞いたことがない。ママと二人暮らし。ママには嘘ばかりついて、泣かれたり首を絞められたり。一番好きなことは寝ること。一日に10時間以上寝る。次ぎに好きなのはプレゼントを貰うこと。物を貰うとうっとりして眠くなってしまう。某有名電気メーカー勤務。会社は地獄みたいな所だけど、考えてみたら、学校もウチも地獄みたいだった。夕食は、会社帰りにナンパでご馳走されて済ますがその時はほとんど食べず、喋らず、部屋に保管してあるプリングルスを寝る前に食べる。その時に好きな歌を歌う。身長153センチ、体重は日によってかなり増減する。本は全く読まない。美術にも演劇にも、サブカルチュアに一切の興味がない。抜けるような白い肌で、北欧系の顔の作りをしている。瞳の色は薄く、声は柔らかく美しいばかりで、まったく何も感じさせない。ライブ経験ゼロ。バンド経験ゼロ。そして将来の夢は「歌が上手くなったら早く死にたい」と言った。

9.10 大友良英山下毅雄を斬る」

9.22 つじあやの「君への気持ち」

10.4 新宿ピットイン大友良英NEW JAZZ QUINTET

大友良英(Turn-Tables,G)菊地成孔(Sax)津上研太(Sax)水谷浩章(B)芳垣安洋(Ds)

10.21 大友良英「シャボン玉エレジー

11.10 v.a.「21世紀への贈りもの OFF COURSE Melodies」

11.27 OGAWA「湿地帯と金魚」

12.8 新宿ピットイン「Altered States」

内橋和久(G,effects)ナスノミツル(B)芳垣安洋(Ds)ゲスト:菊地成孔(Sax)

12.8 辛島美登里Snowdrop

辛島みどりさんの様な方に僕のサックスが必要なことなんてあるのか?と思うのですが、辛島さんの作品の中で、すんげえダークな、サンプリングを多用したドロドロしたサウンドの曲が1曲だけあるのですね。それにかなりの多重録音でサックス入れています。

12.16 新宿ピットイン「Date Course Pentagon Royal Garden

菊地成孔(Or)大友良英(G)高井康生(G)芳垣安洋(Ds)藤井信雄(Ds)三沢いずみ(Per)吉見征樹(Tabla)栗原正己(B)津上研太(Sax)坪口昌恭(Key)

1999年菊地成孔が結成したバンドDCPRGにオレはギタリストとして迎えられることになる。このバンドが初めて、自分でもギタリストだって意識でギター一本でリズムを刻んだり、ソロを取ったりしたバンドだ。実は、この前から、何度かギターだけでステージに立つセットを試みだしてはいた。そうしたいと、はっきり考え出していたけど、でも自分ではまだ出来なかった。だから同時期になるちゃんをメンバーに迎えはじめたバンドONJQも、当初はターンテーブルもギターも演奏するバンドだった。この時点ではまだ、自分のギターにそういう力があるとは思っていなかったのだ。ところがONJQでもリハを繰り返す中で、なるちゃんや芳垣安洋等メンバーから、ギターだけでやったらどうかという提案がでるようになる。DCPRGのライブやリハを繰り返すなかで、ギターを弾く面白さに効し難くなってもいた。もうひとりのDCPRGのギタリスト高井康生とつるみだしたり、当時やっていたバンドNOVOTONOでも山本精一と2ギターでやるのが面白くなっていて、おまけに杉本拓のギターを聴いて、もうギターを弾きたいっていう自分の正直な気持ちには抗しきれなくなっていた。

1999年秋、欧州から2つのオファーがくる。ひとつはONJQの初欧州ツアーで、もうひとつはAMMのテーブルトップ・ギタリスト、キース・ロウと、杉本拓、それにオレの3人でのツアー。オレは、この即興のセットでもギターだけで行くことを考え出していた。ギターだけで即興をする。自分のバンドもギターだけでいく。オレの中では、後戻りのきかない、私塾を飛び出したとき以来の大きな決断だった。なるちゃんから一本のメール。「人には過去の傷から遠ざかろうとするタイプと、過去の挫折にしつこく立ち向かうタイプがいて、大友っちは後者だよ」。こまかい書き口はわすれたけどそんなような内容だった。このメールが最終的にはオレの背中を押してくれた。

 

結局この年の欧州ツアーでは、ONJQも、キースや杉本拓とのセットも、オレはギターだけでステージに立った。念のため、よく誤解されるけどターンテーブルをやめたわけじゃない、同じツアーの中でもターンテーブルのソロのセットもやっているしね。ただ、これまで、同時に演奏してきたこの2つの楽器を、状況によって分けてつかうことにしただけだ。いずれにしろ、このことはオレにとっては本当に大きな事件、転機だった。このときのツアーの様子はなるちゃんが当時ネットで小説風仕立ての日記で書いていて、その内容は、オランダで大きな体のチンピラみたなのに絡まれた話とか、スイスでまわってきたグラスが効きすぎてふらふらのグラグラになった話とか、そういった面白い話をまじえつつ、オレが、ジャズのバンドで自分の意志でギターを弾けるようになるまでの話…みたいな感じにちょっとだけ感動的に仕立てられていた。おいおい大袈裟な、と思いつつも、これを読んだときは正直嬉しかった。で、そのとき、はじめて気づいたのだ。なるちゃんにやられたってことを。

大友良英

・・・話は9月頃の吉祥寺のレコーディングスタジオ。俺達はプレイバックを聞きながら、一部声を荒げながら話し合った。大友が「あんまりギターは弾きたくない」などと抜かしたからだ(笑)「ボスのしたいこと」は「ボスの言ったこと」だけとは限らない。

「ダメだよ。いい?ギターをもっと弾くんだ。ギターだけでもいいぐらいだ。フルアコ一本でいい。それが一番クールに決まってるよ。ねえ?みんなそう思うでしょう」

「そうだよそうだよ」

「ええー。でもさあ、俺ヘタッピだから」

「今更なにヘタッピとか言ってるんだよ。何の為に今フリージャズをやるのかお釈迦様はお見通しだぞ。ぎゃははははははは」

「全然ヘタッピじゃないよ。すげえ良いよ」

「そうだそうだ」

「今、プレイバックで自分のギターの音をこっそり小さくしたろ?(笑)・・・ちょっと近藤さん(エンジニア)大友のギターの音を上げて下さい」

「(ギターが上がって)おおおおお!」

「ほれみろ。良いじゃないか!なにこそこそ小さくしてるんだ!ぎゃははははは」

「こっそり小さくなんかしてないよ!それに、自分じゃわかんないんだよ。良いかどうか」

「いいかよく聞いて。恥ずかしがってる場合じゃねえだろ?全体の流れを考えよう。とぼけようとしたって、とぼけきれやしねえよ。今、大友っちがフリージャズのバンドをやる。60年代の名曲をやる。ギターを持ってステージに上がる。あの人の弟子でした。っていう事を、CD-Jでもいじってりゃあわかりゃあしないとでも思うのか?ああ?」

「・・・そんなの、ヨーロッパじゃ誰も知らないよ」

「知ってる知らねえの問題じゃねえよ。もっと重要なことだろ」

「あの・・大友さん、こういっちゃ何ですけど・・・一部生き写しじゃないですか」

「そうだよ。素晴らしいよ。もうとにかくだ。よろしいですか?ボス?プレイ・ギター・ウイズアス。っちゅうことでっす!我々サイドメンはそれを望んでいる。と。そういうこっとすー。ことっすー。ことっすー!!うわあああああああああああ!!」

「ぎゃはははははははははは」

 

大友がこの時の騒ぎをどう思ったのかは解らない。心外と思ったかも知れない。ナルちゃんバカじゃねえの?と思ったかも知れない。こんな詐欺師に乗せられて溜まるか。と思ったかも。しかし、とにかく今大友は堂々たるギブソンフルアコのギターと、ほんの少しのエレクトロニクスだけでステージに上がっている。彼の師匠だった。教祖だった。心理的な父親でもあった名ギタリストと同じように。そして勿論、息子はオヤジを越えて行く物だ。そうじゃなかったら、男の子に生まれた意味なんて、オナニーの時間が短かくて済む。という程度のオプションしか残らないだろう。

 

・・・頭をゆっくり揺らしてパルスに身を委ねていると、1分後に大友の最初のギターが鳴らされた。やわらかく、美しく、そして孤独な音だ。誰にも心を開かない者だけが持つ、世界に対する恨みと諦念に満ちたコード。全身に静かに電流が流れる。研太と一緒にゆっくりとメロディーを吹いて行く。よく聞け。よく聞け。耳を澄ませ。キレればキレるほど目が据わる、ヤクザみたいに。

 

あったりめえだろ。あったりめえだろ。と何度も頭の中で繰り返す。この三日間で、大友がどういうジャズをやりたいのかなんて、ちゃっかり盗みましたでござ候。アメ玉口に突っ込んでボーッと可愛い子ちゃん眺めてた訳じゃねえぞ。こちとら生まれつきペテンがはしこいと来てるんだ。新しい職場なんて3日もいればベテラン並みの風格さ。大友のギターを聞く。そこにヒントがある。音形に反応してはしけない。誰かがさんざんやった、おざなりストーリーテリングをしちゃいけない。音質と音量を聞け。裸になる。誰もが物語りとして信じていることを拒否するんだ。 一緒にトイレにまで付いてくるような、ピッタリ寄り添えば仲良し。安心。そんなもんに手を出しちゃいけない。相手が言って来たことに、好きなように応える。様子をうかがっちゃいけない。自分をビッとさせて、恐がらずに好きなことを。言葉じゃなくて音を。言葉を信じるな。声の出し方でそいつの欲望を聞き取れ。言葉は、言葉である前に音だ。楽器で喋るな。楽器で音を出すんだ。それには音を聞かなければならない。喋るときに、言葉を聞かなくちゃいけないように。これだろ?な?大友のギターがすぐ耳元で鳴っているように聞こえる。大友も好きなことを言っている。一音ごとに、どんどんサウンドが美しくなる。あったりめえだろ。あったりめえだろ。ほれほれ。ほれ。これだろ。ほれ。ほれほれ。

 

もう出したい音が無くなり、足早にマイクから離れると今日最初の巨大な拍手がわき起こった。あったりめえだろ。あったりめえだろ。と、今度は口に出して笑う。フラッシュが焚かれる。大友の顔はより一層怖い顔に成っていて、人殺しでもしそうな感じだ。ギターから静かなアブストラクトが、ハチミツの瓶が倒れたみたいにゆっくり溢れだした。最前列の客が身を乗り出して全員セックスしてるときの顔みたいになっている。会場が天国みたいだ。

12.20  新宿ピットイン「VINCENT ATMICUS

芳垣安洋(Per)松本治(Tb)青木泰成(Tb)菊地成孔(Sax)太田恵資(Vn)勝井祐二(Vn)水谷浩章(B)岡部洋一,高良久美子(Per)

VINCENT ATMICUS

1999年、“横濱ジャズプロムナード”への出演依頼を受けた芳垣安洋が、90年代前半から密かに温めていた「アンサンブルを重視した、ジャンルにとらわれないユニット」という構想を実現化するために結成。2002年にはファースト作を発表。青木タイセイ(tb)、松本治(tb)、太田恵資(vn)、勝井祐二(vn)、水谷浩章(b)、岡部洋一(ds)、高良久美子(vib)といった面々がそろい、強力なサイケ感覚や無国籍グルーヴで話題を集めた。1作目『Vincent I』(Body Electric/イーストワークス)の発表後に菊地は脱退。