INSTANT KARMA

We All Shine On

映画「君たちはどう生きるか」感想

今話題の映画君たちはどう生きるかを見に行った。

前宣伝一切なしとの触れ込み(?)にも拘らず興行的にも成功しているようで、自分が見に行った回はほぼ満席だった。

事前に見聞したレビューからは、どんな失敗作を見せられるのかと思って逆に興味を持ったのだが、実際に見ると凄い傑作だったので感動してしまった。

北野武の「Takeshi's」や黒澤明の「夢」やフェリーニの「81/2」に準えるような感想も目にしていたので、ある程度そういう心構えもあってか、やけに目についてしまう物語構成の粗やストーリーの破綻はまったく気にならなかった。そうしたところもむしろ作品の不思議な魅力になっており、個人的には宮崎駿版「ねじ式だと思った。

正直に言って、自分は今までジブリ映画に本当に感動したという経験がない。

代表作は一通り見たし、劇場にも何度も足を運んだが、子供たちと見るのが主な目的だったせいもあってか、どうしても「子供向け」という印象があり、ただ子供向けにしては物語的にうまくないのが気になっていた。途中から明らかにストーリーが破綻したり妙なご都合主義が鼻に着いたりして、映画として正面から見るに値するものとは思えなかった。

しかし、この「君たちはどう生きるか」は、もう最初からストーリーの整合性や組み立てなどは潔く投げ捨て、ありのままの宮崎駿自身の作家性が全開になっていて、そのアニメーションの見事さに見ていくうちにどんどん引き込まれ、途中からは完全に陶酔的な気分に浸りきっていた。「少年の頃にたしかに夢で見た景色」が美しいアニメーションで表現されていくさまに唯々恍惚と見惚れているうちにあっという間に2時間が経った。

物語やそれぞれの場面、描写については色々な解釈が可能だと思うが、中心的なテーマが「インセスト・タブー」であることは自明だろう。全編が濃厚な近親相姦的性愛の匂いに満ちている。82歳にして母子相姦へのオブセッションについてこれほど情熱的に描くことのできる作家の情熱(変態性)は、あの谷崎潤一郎を想起させる。

フロイト的な解釈は陳腐になりすぎるが、思春期への入り口に立つ主人公・牧真人(まきまひと)が自室でひとり、自分を悩ませる鷺(性的煩悩の象徴)を射ようと、〈弓矢〉の制作に没頭する様子は、たぶん他のジブリ映画では描かれなかった、少年の暗い鬱屈した情欲の描写としか見れないし、実母の妹である継母(父の子を妊娠中)を追い求め、密室で拒絶される場面は、少年が味わった屈折した情欲の性的挫折の描写でなくて何であろうか。

全体としてこれは宮崎駿少年の私小説的作品とも見れるのであり、意識下を流れるさまざまなイメージ(崇高なものも醜悪なものも)の流れを自動手記のように繋げていく手法で制作されたものと思われる。だから個々の場面の論理的つながりや整合性は最初から問題とならない。ただひたすら美しいアニメーションを「感覚のごちそう」として享受するのが正しい見方であろう。

この映画は、アニメ表現のひとつの到達点であり、アニメ界においてフェリーニに比すべき巨匠とも言いうる宮崎駿という存在にして初めて創造し得た魔術的傑作であることを、たとえ賛同者がどこにもいなくとも、ここに独り断言したい。

まだまだ書きたいことはあるのだが、とりあえずこのへんで。