「三度目の、正直」という映画を見てきた。
「ドライブ・マイ・カー」がアカデミー賞(国際長編作品賞)を受賞して現在話題沸騰中の濱口竜介監督による2015年の作品「ハッピー・アワー」の共同脚本を担当した、野原位監督の劇場デビュー作。
「ハッピーアワー」に出演した俳優陣が多数出演しているということで、「ハッピーアワー」を見て夢中になった身としては、是非とも見ておかねばならぬという気にさせられた。
以下ネタバレあり
主人公の月島春を演じるのは、「ハッピーアワー」の四人の女性主人公の一人・純を演じた川村りら。全編を通じてこの人が出ずっぱり。純の雰囲気そのまんまで、あたかも純の七年後を見ているかのような気にさせられた。
春の元夫を演じるのが、「ハッピーアワー」で純の夫・公平を演じていた謝花喜天。こちらは「ハッピーアワー」のときとは打って変わって、パンチパーマに妙竹林なシャツという格好で登場し、性格も理知的で偏執狂ぎみのスレスレさを感じさせた公平とはまったく違う軽薄な遊び人という感じ。この対照には笑わせられた。
春の二番目の夫・宗一朗役が、「ハッピーアワー」であかりの勤務する病院の医師・栗田を演じていた田辺泰信なのだが、映画が終わるまで「この人、『ハッピーアワー』に出てたのは確かだけど、何の役だったっけ?」とずっと考えていた。
この映画のもう一人の主役といえる、春の義理の妹に当たる美香子を演じるのが、「ハッピーアワー」で胡散臭い空間アーチスト(?)鵜飼の妹・日向子を演じていた出村弘美。その夫・つまり春の弟・毅を演じるのが、神戸出身のラッパーで俳優初挑戦という、小林勝行。
映画のキーとなる役、記憶喪失状態で春に見つかって強制的に春と同居させられる青年・月島生人/樋口明を演じるのが、「ハッピーアワー」では桜子の息子役だった川村知(とも)。なんと彼は川村りらの実の息子でもあるという。演じていて気持ち悪くなかったのだろうか。正直見ている方の自分は若干気持ち悪かった。
実家に戻った春と青年としばらく同居する羽目になる春の母親を演じるのは、「ハッピーアワー」で桜子の姑・ミツを演じた福永祥子だった。娘は違えど家族に振り回され苦労させられる母親役が似合っていた。
そして、青年の父親だといって会いにくる男を演じるのが「ハッピーアワー」で芙美の夫・拓也を演じていた三浦博之。ここでも妙に物分かりのいい、ヒッピータイプ(?)の男の役が妙に似合っていた。
「ハッピーアワー」と被ってる出演者はこんなところ。
出演者こそ共通しているが、映画自体の印象は「ハッピーアワー」とはだいぶ違った。一番違うのは、もちろん尺の問題はあるとしても、長回し、長台詞がほとんどなかったこと。会話が断片的で、シーンが結構頻繁に切り替わるので、登場人物たちの心情に寄り添っていく余裕があまりなかった。
冒頭のシーンで、春と青年が海に向かって話すシーンと、毅が座って煙草をふかすシーンの意味が最後までよくわからなかった。最後の、青年のアップで終わるところもちょっとよくわからなかった。それだけでなく、全体的によく分からないシーンが多かった。たぶんぼくの映画リテラシーが足りないのだと思う。
あとこれも個人的な好みの問題なのだが、毅のラップがいまいち入ってこなかった。リリックもラップの活舌もあまり好きな感じではなく、リリックを奥さん(美香子)に書き取らせるのも奥さんが嫌々やっているように見え(事実そうだったことが最後に分かる)、一人で作れよ、とか思ってしまった。それと後半のライブで乱闘騒ぎになるところも私情でお客さんを巻き込むのはプロ失格じゃないかと思ってしまった。毅が精肉工場で働いているシーンはいい感じに挿入されていた。あれがあるとないとではずいぶん印象が違う。
出村弘美は、すごくよかった。この映画で一番よかった。あやうい母親の雰囲気が見事に出ていた。〈鵜飼の妹〉のときも存在感があったが、なんとなく川上麻衣子を連想させる絶妙な感じが、なんかこう、いい。
圧巻は、見た人の誰もがそう感じると思うが、毅の車の中での二人の〈フリースタイルバトル〉のシーンで、たぶん蓮実重彦が「この新人監督の第一作には、近年の世界映画でもっとも過激、かつ繊細な切り返しショットが含まれている。その一瞬の恍惚を共有するために、誰もが映画館に駆けつけねばならぬ。」とコメントしているのはこの場面のことだと思うのだが、ぼく自身はちょっと没入とまではいかなかった。
なんでかというと、これは映画全体についてもいえるのだが、ここにはただ〈剥き出しのエゴ〉だけがあって、それを超えるまなざしが感じられなかったからだ。適切なユーモアの介在なしに、ひたすら切実なエゴどうしの切ったはったを見せられ続けるのはキツいのだ。
この車内のフリースタイルバトルのシーンには、毅の存在感からくるそこはかとないユーモアがあったのがまだ救いになっている。映画を通して、小林勝行のもつ独特のユーモラスな雰囲気をもっと押し出す形で行くと面白くなったのでは、という気がした。
主役の川村りらとその息子の演技は、決して悪くないのだが、前述したような気持ち悪さがぼくの中で払しょくできず、春の〈過剰な執着心〉の根拠がいまいち理解不能で、その根っこが「祖父からの性的虐待」にあるのだとすれば、もう少しそこの因果関係の説明がほしかった(虐待をリアルに描写するということではなく)。
最後に、〈記憶喪失〉ってのはちょっと勘弁してほしい、というのが正直あった。
ちょっとケナシ気味の感想になってしまったが、「ハッピーアワー」を踏まえたうえでみれば十分に楽しめる映画だったと思う。見てよかった。