作曲家ジャン・カルロ・メノッチは、カンの強いので有名なプリマドンナ、マリア・カラスについて、こんな話をした。
昨年夏、イタリアのスポレートーで催すことになっていた祭典で、メノッチがカラスに歌ってくれと頼むと、彼女は大乗り気で自分は喜んで歌ってあげるし、それに費用もあまりかかるまい、と言ってそのわけを説明した。
第一に、たいしたテナー歌手はいらない。聴衆は自分を聴きに来るだけなので、一流テナーがいるかどうかは問題にしないだろう。
第二に、舞台装置に金をかける必要もない。背景なんかは、自分の声から気を散らすだけだから。
最後に、指揮者は有名でなくてもよい。彼はテンポを保つことさえ知っていれば十分。真の芸術家というものは、いつ歌い出すものかを心得ているから。
ここまで聞いたところで、メノッチは有名なルキノ・ヴィスコンティを指揮者として契約したことをカラスに話した。
カラスは、それが立派な人選であることに同意して、「あの人は一流ですよ」と言ったが「しかし」と付け加えた。
「あの人に欠けているものが一つあるわね」
何だろう?
「あの人には謙虚さがないわね」
とカラスは言った。
Maria Callas(1923.12.2-1977.9.16)
指揮者トマス・スパースは、ケルビーニの「メディー」をミラノのスカラ座で公演した時のことをこう語っている。
カラスをよく思わない連中に雇われたサクラたちが、天井桟敷から舞台のカラスに向かって野次を飛ばし始めたとき、たまたま場面はメディーがイアソンに向かって、「ひどいおかた!」と二度決めつけるところにさしかかった。
カラスは、一回目のセリフを言っただけで、演技をぴたりと止めてしまった。
「彼女が観客一人一人の目をじっと睨みつけ始めたので、私はどうなることかとハラハラしました。ところが、彼女はそれから、静まり返った観客に向かって、二回目の
「ひどいおかた!」
というセリフを投げたのです。
カラスが『私はあなたに何もかも捧げ尽くしたのに』と謳い始めたとき、彼女は拳を天井桟敷の連中に向かって振り上げていました。
私は劇場でこんなことを堂々とやってのける歌手を見たことはありませんでした。
そのあとは、誰も彼女に対して野次ひとつ飛ばしませんでした」
あるレコード会社のベテラン重役達は、今でも1955年のある日の出来事を思い出すと、ゾッとするという。
その日、カラスはレコード吹き込みのために姿を見せたが、二、三小節歌ってみて、声の調子がよくないからといって、帰ってしまったのである。
レコーディングのために集まっていたオーケストラのメンバーへ莫大な手当てを支払わなければならないのにどうしてくれるのだ、という脅しや嘆願などものともせずに、である。
「もちろん私は扱いにくいですよ」とカラスは言った。
「オペラ音楽が求める水準に誠実に応えようとしている芸術家は、極度の緊張の下で仕事をしなければならないんですからね」
「私は頑固です。いえ、頑固というのではなくて、正しいのです」