INSTANT KARMA

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漢ブライアン

マーク・ルイソン「ザ・ビートルズ史 上・下」(河出書房新社、2016年)読了。

日本語版上下巻併せて1672頁。

しかしこれはまだ三部作の第一部にすぎない。

この第一部『TUNE IN』は1962年12月、まだビートルズの本格的なデビュー前夜で終わっている。

第2巻と第3巻の『TURN ON』と『DROP OUT』は、それぞれ1963年から1966年と1967年から1969年の期間をカバーする予定であるという。

2013年、ルイスソンは第2巻が2020年に、第3巻が2028年に出版されるだろうと予告したが、2018年には、彼は第2巻をいつ出版できるか「言うには時期尚早」とツイートした。

2019年、彼は第2巻の執筆のための資金を稼ぐためにアルバム『アビイ・ロード』のメイキングをカバーするステージ・ショー『ホーンジー・ロード』でイギリスをツアーした。

2020年、ルイスソンは公式のウェブサイトで、第2巻は早くとも2023年まで出版されることはないと公表した。

2022年以降、彼のウェブサイトには「(第2巻がいつ出版されるかは)わかりません。分かり次第公表いたしますので、見逃すことはないでしょう」と記載されている。

このように、この本の出版の過程そのものがすでに歴史物語の一部となっているおそるべき本なのだ。

ビートルマニアと呼ばれる人種は、行けるならどこまでも行けるところまで行ってしまう人たちだが、こと「伝記」という面ではこれを超えるものは今後もまず生まれないだろう。

 

で、一通り読んでみての感想は;すでに知っていることが掘り下げられているのは確かではあるが、びっくりするような新事実があるわけではなく、ビートルズファンならどうしても読む必要があるというほどのものではないと思った。

第2巻と第3巻(出るのか?)にはもっとすごいことが書いてあるのかもしれない。

 

とはいえ、理解が深まったのは確かで、とりわけ印象に残ったのは、1961年11月のブライアン・エプスタインとの邂逅が起こる前、ビートルズは本当に解散の危機にあったと言うことだ。

ハンブルクでは無茶苦茶なスケジュールに耐えて猛演奏し、リバプールで成功はしたものの、それ以上の展望が見えず、ジョンは自暴自棄になりかけていた。ポールもジョージもどうすればよいか先がまったく見えずにいた。途方に暮れたジョンとポールはジョージを残してヨーロッパを彷徨い、バンド解散について煮詰まった話をしていた。

つまり、あのタイミングでブライアン・エプスタインがビートルズに興味を持ち、マネージメントを引き受けようと乗り出さなければ、ほぼ確実に今我々の知るビートルズは存在しなかったのである。

こんなことはビートルズのファンにとっては常識だろう。しかし、この本を読むことで、1961年11月のあのタイミングがどれほど奇蹟的なものだったかが相当に深く実感できると思う。

 

そしてそれは、ビートルズにとって奇蹟だったのと同じくらい、ブライアン・エプスタインにとっても決定的な出来事だったのだ。

当たり前だと言わないで欲しい。ブライアン・エプスタインはあの頃、文字通り人生の危機にあって、ビートルズとの出会いがなければ死んでいたかもしれない。それくらいに切羽詰まっていたと思う。

不幸なことに、ビートルズとの運命的な出会いとその後の成功があったにもかかわらず、彼はその6年後に死んでしまうのだが、彼は人生最後の6年間を〈一度は捨てた命〉と思って生きていたに違いないと思う。

 

ぼくはこのルイソンの本を、何よりもブライアン・エプスタインという〈男〉の物語として読んだ。ルイソンが執拗に掘り起こすブライアンの前半性の苦悩の物語を知った後は、彼がビートルズに己の人生のすべてを賭け、レコード会社との契約を得ようと断わられても断られても死に物狂いでロンドンを駆けずり回る場面はほとんど涙なくしては読めない。アリステア・テイラーはブライアンが何度もオフィスで泣いていたのを見たと言っている。ジョンはそんなブライアンに「俺たちは必死で頑張ってるのにお前は何もしていない」とか「オカマのユダヤ人」などと口汚く罵り続けたが、ブライアンはそれも笑顔で耐え忍んだ。「ボーイズ」こそが最高であり世界ナンバーワンであることをひたすらに信じながら。

 

マーク・ルイスソンはブライアン・エプスタインの重要性についてインタビューでこう語っている。

ビートルズについて言えば、彼らは演奏は続けていましたが、もう飽きてしまっていました。1961年の終わりまでに、彼らはサーキットに立つようになり、毎週月曜日にはこのホール、火曜日にはあのホール、水曜日にはこのホールで演奏するという生活を繰り返していました。

彼らは退屈していました。地元の王様であるのは良いことですが、飽き飽きしてしまっていたのです。彼らは自問自答していました: 次は何? 次はどこに行けばいいのか? 俺たちには何ができる? ここはリバプールで、他にどこに行けばいいのだろうか?

ボブ・ウーラーは私に生前こう言いました ―「もしブライアン・エプスタインがその瞬間に現れなかったら、彼らは別れていただろう」。

なぜなら彼らは退屈していたから、彼らは天井に達していたからです。

そして、間一髪のところでブライアン・エプスタインがやって来て、彼らにこう言ったのです:「あそこにはもっと大きな世界がある、君たちならそこに行ける」。

そして彼は彼らにこう言いました:

君たちはエルヴィスよりもビッグになるだろう」。

彼はまったく正しかったのです。

ビートルズがエルヴィスよりもビッグになるだろうと言うのは、今誰かが新人バンドに「君たちはビートルズよりもビッグになるだろう」と言っているようなものです。

そんなことはあり得ないことですが、ブライアン・エプスタインだけはそれを本気で信じていたのです。