ストリート・スライダーズの中で「のら犬にさえなれない」と並ぶくらいの代表曲といえるのが「風が強い日」。
6thアルバム「BAD INFLUENCE」の最終曲に収録されていて、シングルにもなった。
MVはハリーが南の島で独り佇む姿が印象的だ。
1987年10月にリリースされた「BAD INFLUENCE」はなんとオリコン・チャート初登場3位を記録し、商業的な意味ではスライダーズ史上最も成功したアルバムとなったが、ZUZUが交通事故で足の複雑骨折により入院したため、アルバム・リリースに合わせて予定されていた全国50カ所ツアー全公演がキャンセルとなり、バンドは半年ほどの休止状態に入ることになった。その意味ではバンド活動の一つの転機となった作品である。
曲は「のら犬」にも通じるミディアムでゆったりしたソウルバラード系で、途中のキーボードはホンキートンクっぽくもある(「イアン・デューリー&ザ・ブロックヘッズ」のミッキー・ギャラガーの演奏らしい)。
充実していた頃のスライダーズの代表曲と呼ばれるだけあって曲・歌詞ともに文句なしに素晴らしいのだが、今日は特に歌詞の「ある部分」に注目したい。
それが、頭韻である。
例えば一番の歌詞。
K 風が強い日
K 雲が流れてく
K 乾いた通りに 埃(ほこり)が舞ってる
A 足を止めて振り返ればそこに
NA 長い影が腰を下ろしてる
WOO なんて平和な一日さ
YEAH しばらくここで 眠らせてよ
「風」「雲」と、ありふれた単語ではあるが、さりげなく頭韻(K)を踏んでいて、イントロとこの二行だけですでに曲の世界観が完璧に出来上がっている。
さらに「乾いた」がみたび「K」の頭韻を踏んでいて、この冒頭の三行は極めてシンプルだが豊かなイメージを喚起する非常に詩的な構成である。
一見単純そうだが、ハリーの詩的センスが光っていると思う。
シンプルだが豊かなイメージを喚起するロック詩人として代表的な存在がドアーズのジム・モリソンで、「Indian Summer」という曲の歌詞を渋谷陽一が絶賛していたのを覚えている。
ロック詩人としてハリーもジム・モリソンに負けないものを持っていると言ったら褒めすぎだろうか? ファンの贔屓目として許してもらいたい。
そして三番の歌詞はもっと徹底(?)している。
K 風が強い日
K 雲が流れてく
T 手を伸ばせば
T 届きそうな空に
T 鳥の群れが
T 遠ざかってく
WOO 耳をすましているから
YEAH 優しい歌 聞かせてよ
最初の二行は同じ。三行目から、「手を伸ばせば」「届きそうな」「鳥の群れが」「遠ざかってく」と「T」の頭韻四連発(しかもあとの三つは「TO」まで一致)。
のんびりしたメロディーに「K」「T]の頭韻を踏む歌詞が絡むことで絶妙な緊張とバランスを醸し出している。
もちろん意識的なものではないと思うが、卓越した感覚がこういう言葉のチョイスを導き出すのだろう。
作詞家としてのハリーの天才性を垣間見る気分になる。
以上形式的な部分だけ語ってきたが、この歌詞の内容も感動的である。
「のら犬にさえなれない」ではアウトサイダーからもインサイダーからも疎外される孤高の心境を吐露していたハリーだが、「風の強い日」では、外部世界の逆境を感じながらも自己の内部である種の平安を覚え、マイペースに生きる幸福を掴んだかのようだ。
最後の二行(「(鳥たちの声に)耳をすましているから 優しい歌きかせてよ」)の何と穏やかで優しいことか。
スライダーズの世界観の一つの極致を示す美しい歌だと思う。