INSTANT KARMA

We All Shine On

14600の夜を越えて

NEW JEANSの新曲はコカ・コーラのCMソングで、サビはひたすらコカ・コーラおいしい」と連呼する洗脳ソング。さすがにこれはやりすぎじゃね?と思うが、聴いているうちに良くなってくるのだろうか。それも怖いな。

youtu.be

 

40周年の盛り上がりを機にザ・ストリート・スライダーズを聴き直していて、youtubeに上がっているハリー(村越弘明)のソロになってからの演奏とかを見ているのだが、当然ながらえらくカッコいいのである。

村越のソロアルバム「狼煙」はサブスクにはなくて、音源を買おうとしてももう在庫切れで買えない。動画サイトに上がっている何曲かだけ聞いてもすごくよいので、これが市場に出回っていないのは勿体ない話だと思う。

病気から復活した去年(2022年)のハリーのライブ映像も当然ながらよい。

(簡単に「復活」などと言うけれど、彼の年齢と病気の状況を考えたら、再び歌う為には想像を超える壮絶な努力を必要としたとは明らかである)

若い頃は若い頃でもちろんカッコいいのだが、六十過ぎてからもカッコいいのは、やはりやってる音楽が基本ブルースだからというのが大きいだろう。ジャズもそうだが、ブルースも本質的に若者の音楽ではない。むしろ老いて渋みが出てからの方がよくなる音楽である。

スライダーズの音楽は、ロックンロールではあったが、非常にブルージーであった。初期のライブ音源など聴くとそれがよくわかる。ハリーは若くして老成したようなところがあって、それが魅力でもあったのだが、老いて本物の老成が年相応になってから一層表現に深みと凄みが増している。

スライダーズの歌詞も素晴らしかったが、「狼煙」以降のソロ作の歌詞はひたすら深みと凄みを突き詰めていっている。しぜん難解な表現も出てくるが、それがまた独特の味わいを醸し出している。

クロマニヨンズエレカシは「いつまでもエネルギッシュで若い」ところに驚きと魅力があるのに対して、ハリーの今の姿はロックンロールの若さを遥か昔に卒業した果てにあるものを感じさせる。

だがよく考えれば、それは既にスライダーズの音楽の中にも存在していたのだと気づく。そのスライダーズの〈核〉にあったものが、どんどん純粋な形で表に出てきている。

四十年目のスライダーズは、「日本古来の白木の木刀のような」生の表現を見せてくれるに違いない――

なんて五流ロック誌の煽り文みたいなものになってしまったが、武道館には行けないのでライブの日(5月3日)に発売される「天国と地獄 LIVE AT BUDOKAN 1987 40th Anniversary Edition」でも買うか。

tss40th.com