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美輪と三島と226

正月休みの間に、美輪明宏の著書と、彼についての評伝『オーラの素顔』(豊田正義著、講談社+α文庫、2009年)を読む。

美輪明宏三島由紀夫の交友関係は有名だが、美輪が三島自決の年(1970年)の新年会の席で、三島の背後に軍服を着た男を見た(霊視した)という話が面白かった。

美輪が心当たりがないか尋ねると、三島は「ある」と答え、二二六事件に参加した青年将校の名前をいくつか挙げた。

三島が当時「楯の会」という右翼的団体を結成して、自衛隊によるクーデター行動を企てていたのは周囲にも知られていた。もっとも、多くの人は彼特有の一過性のパフォーマンスに過ぎないと見ていたのだろう。

三島が心当たりのある人物として「磯部」という名前を口にしたとき、霊がパッと消えた。美輪は「その人よ!」と叫んだ。

磯部浅一は、二二六事件の反乱軍の首謀格で、事件の後処刑されている。死後、天を恨み、国を恨み、天皇陛下を恨み、友を恨み、あらゆるものを呪いに呪いまくった遺書が発見された。

美輪は三島に除霊の祈禱を受けることを勧め、美輪が帰依している法華経寺の僧侶を紹介すると約束したが、三島夫人が霊的な話を嫌がったため話が中断し、結局、僧侶を紹介することもなかった。

三島が1966年に発表した『英霊の聲』(えいれいのこえ)という小説では、二・二六事件と神風特攻隊の兵士たちが次々と霊として下りて来て呪詛する模様が綴られてゆくが、一夜のうちに半ば無意識状態で一気に書き上げられたものだという。

三島自身の言葉によれば、『手が自然に動き出してペンが勝手に紙の上をすべるのだ。止めようにも止まらない。真夜中に部屋の隅々から低いがぶつぶつ言う声が聞える。大勢の声らしい。耳をすますと、二・二六事件で死んだ兵隊達の言葉だということが分った』。

三島は書き上げられた原稿を読み、自らの文体とは異なる文章を手直ししようとしたが、なぜが手が動かず修正することができなかったという。

美輪から背後霊の存在を指摘された後の三島は、何かの力に突き動かされるように、一気にクーデター計画とその当然の帰結としての挫折、そして有名な割腹自殺に向けて突き進んでいった。

検視結果によると、三島は臍下4センチほどの場所に刀を突き立て、左から右に向かって真一文字に約14センチ、深さ約4センチにわたって切り裂いていた。一緒に切腹した森田必勝青年とは異なり、ためらい傷は認められず、その傷は異常に深く長かった。明治天皇の没後に切腹で殉死した乃木大将ですらためらい傷があったというのだから、ものすごい意志としか言いようがない。

霊能者で「白光」の教祖である五井昌久は、これは自殺ではなく、むしろ他殺であり、悪霊が背後から抱きかかえるようにして三島の肉体を使って切腹したのだと言っている。

確かに、死の前年に早稲田大学の学生を相手に行われた講演と質疑応答の模様を収めたCD『学生との対話』を聞いてみると、そこで語っているのは非常に知的で落ち着いた、ユーモア感覚にも溢れたインテリ作家であるのに対し、先述の小説『英霊の声』を三島自身が朗読したCDの声は、ひどく無機的で人間の声というよりは亡霊の声のような響きがある。

私自身は霊や死後の世界の存在を肯定も否定もしないが、仮にそういうものがあったとして、三島の霊が自決によって浮かばれたとは思えない。

彼の文学上の師ともいえる川端康成は、三島の葬儀委員長を務めた後、たびたび三島の亡霊を見て悩まされるようになり、1972年に自らの命を絶った。

美輪明宏のことを書くつもりが、とんでもなく脱線してしまった。

なぜ新年早々こんな不気味な話を長々と書いてしまったのだろう。

少し意外でもあり、当然と言えば当然ともいえるが、あの小林秀雄三島由紀夫の資質を鋭く見抜いていた。

(以下、小林秀雄三島由紀夫の対談 「文藝」昭和31年9月号より引用)

小林「やっぱり、あれ(「金閣寺」のこと)は、毀誉褒貶こもごも至るというやつだろうな。」

三島「………。」(笑)

小林「何か、批評っていうことを、しなきゃいけないんですか。雑談でいいんでしょ?まあ、そういうふうなのんきなことにしてもらいましょう。」

三島「ドラマが成立しない。」

小林「しない。だから抒情詩になるわけだよ。無論、作者はそういう意図で書いたんだと思うんだよ。だから抒情的には非常に美しいものが、たくさんあるんだよ。ありすぎるくらいあるね。ぼくはあれを読んでね、きみの中で恐るべきものがあるとすれば、きみの才能だね。

三島「……。」(笑)

小林「つまり、あの人は才能だけだっていうことを言うだろう。何かほかのものがないっていう、そういう才能ね、そういう才能が、君の様に並はずれてあると、ありすぎると、何かヘンな力が現れて来るんだよ。魔的なもんかな。きみの才能は非常に過剰でね、一種魔的なものになっているんだよ。ぼくにはそれが魅力だった。あのコンコンとして出てくるイメージの発明さ。他に、君はいらないでしょ、何んにも。。(中略)つまり、リアリズムってものを避けてね、実体をどうしようというような事は止めてね。何んでもかんでも、君の頭から発明しようとしたもんでしょ。(中略)あのなかに出てくる人間だって、(中略)あの小説で何んにも書けてもいないし、実在感というものがちっともない」