INSTANT KARMA

We All Shine On

千葉雅也の小説は面白い

呪われたオリンピックが呪われたまま終わり、コロナの悪夢はさらに拡大し、そこに全国的な大雨被害が追い打ちをかける。アフガニスタンはバイデン大統領が米軍を撤退させるタイミングでタリバンが全土を掌握し、大統領が首都を置き去りにして逃亡した。

案の定、千葉雅也『デッドライン』『オーバーヒート』は面白かった。面白かったというだけではなく、本当に惚れるくらいによかった。

どちらも芥川賞の候補作になったが、どちらも取れなかった。取れないのは選考委員の作家たちに見る眼がないためで、西村賢太が『どうで裸の一踊り』や『小銭をかぞえる』で落選し、佐伯一麦がとうとう取れなかったのと同じことなので、気にする必要はない。

千葉雅也はドゥールズなどのフランス現代思想専門の哲学者で、私小説と呼べる小説『デッドライン』でゲイであることをカミングアウトしていて、小説の中では同性への性欲や愛情を前面に押し出している。完全なゲイ小説である。その要素なしには成立しないのだが、僕が感心したのは彼の文章そのものである。

具体的には、通勤に使う阪急電車の中の描写。TwitterやLINEなどのSNSが生活の中で重要な部分を占めていることのリアルさ。

彼はツイッターで有名になって、それをまとめたものを本にしているようだ。『デッドライン』は東大(とは明記されていない)の大学院で修士論文の締め切りを前にした一人の学生の逡巡が描かれており、『オーバーヒート』では立命館(とは明記されていない)の大学教授となっている現在(2018年)の姿が描かれている。

どちらも主人公は〈僕〉だが、名前は書かれず、「〇〇さん(くん)」と呼ばれている。実家が栃木にあり、裕福な実家からの仕送りで学生生活を送っていたが、『デッドライン』の最後の方、修士論文の締め切り間際になって父親の経営する会社が倒産する。それまでの広い部屋を移って、車も手放すことなどが描かれる。たぶん事実なのだろうが、こういうところをきっちり書くのも好感が持てる。

彼の小説は、どうしても書かずにはいられなかった已むに已まれない必然性があることが伝わってくる。学術論文や評論やエッセイや、ツイッターでは表現できない、小説でしか表現できないものが彼の内部に表現衝動として宿っていたことが分る。