War Is Over

 if you want it

Mayte Garcia回想録(1)

年に何度かプリンスを聴きたくなる時期があって、その時にはプリンスしか聴けなくなる。それ以外の時にはプリンスだけは聴かない。プレイリストにプリンスの曲は混ぜない。

よくプリンス入門には何を聴けばよいのかとか、「はじめてのプリンス」などを謳ったプレイリストがあるが、そんなものはまったく思い浮かばない。白々しいだけだ。

彼の音楽は完全なMy Private Joyなので、他人と喜びを共有できる気がしない。

 

プリンスがマイテと出会ったのは1990年で、彼女が自分のベリーダンスを録画したテープをプリンスに渡したのがきっかけである。当時十六歳で学校を卒業したらエジプトでダンサーの仕事をすることを考えていたマイテのエキゾチックな美しさが、プリンスの眼に留まり、頻繁に手紙を交換し、電話し、会うようになり、1992年の東京ドーム公演からツアー・メンバーとして活動し始めた。最初はバンド・メンバーと同じホテルに泊まっていたが明らかにプリンスの寵愛を受けており演奏するでもなく数曲でバックダンスを踊るだけのマイテと他のメンバーとの間は当然ながらギクシャクする。ツアーが終ってミネアポリスのアパートの契約を切られると所持金がなくなりプリンスに直談判し給料を三倍に上げてもらう。1993年2月9日にプリンスと結ばれる。1995年の夏、『ゴールド・エクスペリエンス』をリリースする直前、バルセロナにいたときにプリンスから電話でプロポーズされる。

プリンスがマイテに入れあげていた九十年代はプリンスのキャリアの中では混迷の時期だった。この時期の音楽はプリンスの作品としてはつまらないものが多い。少なくとも八十年代の数々の傑作から見るとハッキリ見劣りがする。『パープル・レイン』で頂点を極め、その後に傑作を連発して音楽的にも行ける所まで行ってしまい、それから先どうすればいいのか自分でも分らなくなってしまったのだろう。

レコード会社(ワーナーブラザーズ)との衝突も、方向性を見失った苛立ちの矛先が契約関係の束縛というストレスからの解放という目標に向いただけのように思える。

女性関係でも何でも手に入る状況に飽きて、マイテというティーンエイジャーの処女性に惹きつけられたのだろう。彼女は自伝の中でプリンスが「初めての男性」であったことをこれでもか、というくらいに強調している。

私生活でもミュージシャンとしてのキャリアにおいてもプリンスの九十年代は大きな変化のあった時期であった。そのカギを握る最大の人物であるマイテの回想録が何らかの意味で面白くないはずはない。

つづく