INSTANT KARMA

We All Shine On

As Time Goes By

世界はすべて

ひとりの太郎のためにある

世界はすべて

ひとりの花子のためにある

おほきな声でそれを言へばおれは殺されてしまふ

けれどほんたうのことは/結局ほんたうだ

正義の発端はおれにある/人道の発端はおれにある

それを知らないものをおれは信じない

吉本隆明〈発端〉「日時計篇(下)」より

「岡田睦作品集」(宮内書房)読了。

現在入手可能な講談社文芸文庫「明日なき身」と併せて読むと、より味わいが増す。ぼくは図書館で単行本「乳房」を読んだので、この三冊を読むと、岡田睦の後半生を私小説で辿ることができる。

三人目の妻が家を出て、妻名義のその家を追い出され、郊外のアパートで生活保護と福祉保健法32条の適用を受けながら孤独な独り暮らしを送る身寄りのない老人が、うつ病その他の精神疾患の果てに自宅でボヤ騒ぎを起こし、保護施設に入ることになる。その後もケースワーカーの指図のままに施設を転々とし、不自由な晩年を過ごす生活が赤裸々に描かれる。ホームレス転落一歩手前の老人たちを施設に囲い込む生活保護ビジネスのような実態も明らかにされている。こういう境遇の中で私小説を書き続けた作家を他に知らない。

しかしただの悲惨なドキュメント調ではなく、その筆致にはユーモアさえ漂う。そこにはやはり確かな〈私小説作家の眼〉があるから、どんなに悲惨な現実を描いても作品として読むに耐える芸術性が備わっている。

高峰秀子の「私の梅原龍三郎を読んだ後に岡田睦の晩年の小説など読むと、貧富の差による生活環境の違いというものは最終的な死というものを前にすれば意味を持たず、「死ぬときは誰でも一人」とか「財産はあの世には持って行けぬ」というような陳腐でありふれた言葉の至極当り前な真実さが痛感させられる。

おそらく岡田睦という作家はもうこの世にいないのだろうが、彼はひとりの人間として(他のあらゆる人間と同じように)偉大な生涯を送って見せた。彼が残してくれたこれらの小説が読めるというのはとても幸運なことだと思う。