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北町貫多 甘ったれ迷言集

文學界木村綾子さんが北町貫多の「罵倒アンソロジーを作っていたので、もう一つの側面である「根が甘ったれ体質にできてる」貫多の名言集を選びたくなった。

DV癖と甘ったれ癖はどうも表裏一体のようで、こっちの名言集は、これ単独で見るよりも、「罵倒集」とセットにすることでその可笑しみが際立つと思う。

 

DVのため実家に帰った秋恵を必死に連れ戻そうとするときのセリフ。父親への借金の借用書を書いてくれと言われ、

うん、それは何枚でも書きます。でも、頼むからぼくとのこと、もう一度考え直して欲しいんだ。もう一度だけ、チャンスを下さい(「どうで死ぬ身の一踊り」)

「いけしゃあしゃあと」という言葉がこれほど似あう場面もない。

・・・小言ばかり言ってて本当にごめんね。ぼくきっと、初めて女のひとと生活したもんだから、いい気になってたんだ。どうかしてました。(「どうで死ぬ身の一踊り」)

いつもこの「どうかしてました。」に笑ってしまう。

 

だって、ぼく、寂しかったんだ…(「どうで死ぬ身の一踊り」)

秋恵がいない間に彼女のパンティーでズリセンしていたことを白状し、難詰されての一言。創作なのか実体験なのか知らないが、大失笑するしかない貫多史上最大級のクズ・エピソードの一つ。さらにこの開き直った甘えぶりに、秋恵がきっちり激怒してくれるのが、いい。

 

イタムカ?(「棺に跨がる」)

オヤスミ(「棺に跨がる」)

せっかく秋恵を実家から連れ戻すことに成功したのに、「カツカレー」事件でブチ切れアバラを折った秋恵を一人残して能登七尾の西光寺に出かけ、警察にでも行かれたら困るので出先からケータイの操作マニュアルを見ながら必死に打ち込んだショートメールの文面。

 

ふうん・・・お前は生理中だったのか。そいつは大きにご苦労様だが、でもいくらメンスでも、カレーくらいは普通に食べられるだろう? 下のおクチと上のおクチは、これはおのずと別の話だろうからね。折角ぼくが丹精こめて作ってあげたんだから。一緒に仲良く食べようや。だからまずシャワーを使っておいでよ。無論、浴槽には入らねえでよ(「豚の鮮血」)

優しい言葉をかけてるつもりが限りなく無神経な暴言になってる一例。

 

あのさ、その八十万、ぼくに払わせてくれないかな。・・・といって借金の肩代わりする替わりにぼくとつきあってくれ、なんていう意味じゃないんだよ。それじゃ汚らしい援助交際と、何んら変わりないものね(「けがれなき酒のへど」)

風俗嬢・恵里を落とすために捨て身の提案をもちかける貫多。これを聞いた恵里に「それはわかってる」と言われて、「いや、そこはわかられても困るんだ」と心の中で焦る貫多が哀しく可笑しい。

 

駄目ですっ、もし、ぼくがそんなところに入れられたら、病気がちの母は道徳潔癖症でもあるので、絶対に自殺してしまいます!(「夜更けの川に落葉は流れて」)

殴って佳穂の前歯を折ってしまった翌日、廃業した力士のような父親に威嚇された貫多が、土下座して許しを請う名場面。病気がちの母のくだりは「どの口が言うか」と読者の誰もがツッコミを入れずにおかぬ。

 

やめて! 痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!(「雨滴は続く」)

落日堂の店主・荒川に限度を超えた暴言を吐いて、胸倉を掴まれ、形勢不利と見るや、咄嗟に自己防衛に走る貫多の変わり身の早さ。「痛い!」をひたすら連呼することで相手の気勢を削ぎ手加減を誘う。秋恵もこの手を使えばよかったのかも・・・

 

じゃ、ぼく、今あの子に電話をかけて謝るよ。それでもう一度会ってくれるよう頼んでみるから、すまないけど、ちょっと彼女の番号を教えて(「二十三夜」)

荒川に紹介された女の子に対して「何んだよ、こんな糞ブスにまで、フラれてしまうのかよ」と暴言を吐いた後、本当はお付き合いするつもりだったのだと知らされての、ほとんどサイコパス然としたセリフ。

 

しかし、きわめつけは、なんといってもこれであろう。

ぼくだけを大切にしろい!(「焼却炉行き赤ん坊」)

こんなパワーワード、他の小説でも見たことがない。このセリフを生み出しただけでも北町貫多の名は文学史上に永遠に残るはずだ。

 

そして、未完の遺作となった「雨滴は続く」の、貫多のこの最後のセリフは、何だか心にしみる。

うわ・・・本当に候補とか来ちゃったよ。さすがは、ぼくだな

根が何にでもできてる北町貫多の最後のセリフは、暴言を吐き、周囲を口汚く罵倒しまくる外向きの姿勢に似合わぬ、何とも甘くて弱っちい陰弁慶の本性が思わず口から漏れ出したような、この「まるで抑揚のない、吐いたそばから消え去る空虚な独言」であった。