War Is Over

 if you want it

女地獄4

もはや単なる西村賢太ストーカーめいた粘着ブログになりつつあるが、

「一私小説書きの日乗」を何度も読んでいるうちに、あるキーワードが閃いた。

それは、

回転寿司

何度も書いている通り、賢太は、約七年間、ある女性と半同棲生活を経てていた。

これは、先方の、さる地方都市に所有する2LDKのマンションの一室に、毎月賢太の方から出張って十日間前後を件の室にて共に過ごすという形をとっていた。

「一私小説書きの日乗」を、目を皿のようにして読んでいくと、その記述の中から、賢太が「件の室」で過ごした「月に十日間前後」というのが朧げに浮かび上がってくる。

再びいうが、そのカギは、回転寿司である。

賢太は、その女性と過ごしている期間は、頻繁に回転寿司を食べに行っているのだ。

また、その地方は海産物の豊かなところでもあるのか、魚屋に行って魚を買って酒の肴にすることが多い。

そして、ホームセンターに買い物に行ったり、散髪したりといった、普段賢太が取らない行動は、彼女と過ごしている期間にしていることが多い。スパゲティーを食べたり、ファミレスに行ったりなどの行動もそうだ。

いつ彼女のマンションとの往来があったかについては、「日中やむなく外出。夜帰室」などの表現から推察することができる。

この2LDKのマンションは、彼女の親が所有するものであるといい、昔の邦画のDVDなんかが置いてあって、行った時には三十年ぶりに「拝啓天皇陛下様」「家族ゲーム」「タンポポ」などの映画を見たりしている。そして、該期間の記述には、「日中無為」「終日無為」といった表現が頻発する。

小説のゲラを見たり、ネタを繰ったりなどの仕事をするときもあるが、基本的には、無為にダラダラ過ごしていることが多い。作品の執筆の合間の休息期間としてリラックスして過ごしていたのではないか。

「蝙蝠か燕か」の中では彼女と過ごした二つの時期が明言されている。一つが、2018年5月末に彼女のマンションの近くにある病院で白内障の日帰り手術を受けたときで、手術後二週間は洗顔、洗髪等の目に水がかかる行為が厳禁となったため、手術とそれに伴うケアの期間を彼女のマンションで療養に専念したという。確かに、「日乗」の記載もそれに沿うものとなっている。たぶん5月28日の夜に彼女のマンションにゆき、6月17日に滝野川の自室に戻っている。「新起の章」をお持ちの方はそのあたり憶測を巡らせるのも一興かと思う(まあぼくのような偏執狂以外の人間にはどうでもいいことか)。

もう一つ明言されている時期が、2018年10月初めに先方のマンションから送り出され、それ以後全く連絡が取れなくなったというものである。「日乗」では、9月25日の夜に「外出」し、たぶんこのときに彼女のマンションに行った。9月27日に病院で白内障手術の経過観察を受け、良好と診断されている(この夜に回転寿司)。そして、9月28日から9月30日までの三日間は記載がなく、10月1日の午後に帰京している。

10月1日には「先週金曜日(注:9月28日)に捻った腰の痛み甚だし」との記載がある。西村はこの腰の痛みをその後一か月くらい引きずっている。腰の痛みだけでなく、それには深い心痛も伴っていたのではないか。

賢太がもう十年生きていれば、この別れの場面は必ずや小説になったことであろう。