War Is Over

 if you want it

カオルとイヅミ

稲葉 真弓「エンドレス・ワルツ」を全力のスピードで読む。

日本のシド&ナンシー?或いは只の共依存DVカップル。彼らほど有名でもドラマチックでも詩的でもないが似たような地獄或いは妄想天国に彷徨っている男女は今の日本にも数多存在する。島尾敏雄「死の棘」を読んだときにも思ったが、いわゆるヤンデレカップルというものに拙者は完全に不感症であり何のシンパシーも覚えないのである。まして読売新聞記者のグレちゃった娘と病的ナルシズム・ミュージシャンの<破滅的>恋愛物語なんて、特攻体験を背負った島尾夫妻とさえ比較にもならない。こんなのよりナル&マサコの方がよっぽど興味深いし同情する。ただ作品の内容はともかくとして文章自体は凄いと思った(好みではないが)。

著者はこの小説で1992年に女流文学賞、2008年には川端康成賞、2010年に芸術選奨文部科学大臣賞、2011年に谷崎潤一郎賞、2014年に紫綬褒章を受章と、あとはノーベル賞だけという物凄い受賞歴をお持ちなのだが、2014年に亡くなっている。

この小説は、鈴木の遺児からプライバシー侵害として提訴されたらしいが、それほど具体的な事実が書かれているわけでもないし、鈴木いづみが首を吊って死んだことは周知の事実なので、発禁にするような作品ではない。

いづみの娘(1976年4月生まれ)がどう思っているのかを知りたくて「いづみ語録」(コンパクト版ではない単行本のほう)も図書館で借りて読んでみた。

冒頭の写真を見てやられた、と思ったが、娘とアラーキーとの対談(座談)はとっちらかって内容があまりなく、町田町蔵との対談もよく分からないまま終わっていて、編集がよくない。最後の<あとがき>には「本に書かれているように母は『娘(当時8歳)が眠っている間に首を吊った』のではなく、自分はベッドにストッキングを括り付けて首をくくるのを目を覚ましてじっと見ていた」という衝撃的な事実が述べられている。「カメラがあれば写真を撮れたのに」とも言っているから、物凄い腹の座りようである。さすがいづみの娘と思った。「自分は母とは違う人間であり、クリエイター(表現者)になるつもりはない」と、ニュートラルな姿勢で語っているのに好感を持った。