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柄谷行人の何が

アクセス数が減ったのは、何らかの理由でGoogle小僧にハブられて検索ワードから来る人が減ったからじゃないかと思って来た。はてなアクセス解析はとても大雑把なので日々のアクセス経路が分かりにくい(というかさっぱり分からない)のだが、何となくそんな気がする。

そんな気がする、というだけで証拠があるわけではない。検索サイトにハブられるのは別に構わないが、こちらの与り知らない所で色々と操作されているという現実がチラ見えするのが気に食わない。とはいっても向うは「操作している」という自覚もないのだろうけれど。

 

柄谷行人の何がすごいのかを知りたくて色々読もうとしているのだが、まだよく分からない。漱石論(「意識と自然」)とマクベス論(「意味という病」)はどちらも、近代的自我の外にある力(自然、ダイナミクス)について述べているように思う。それを「他者」と言い換えてもいい。

・・・などと考えていると、ネット上でこんな連載記事を見つけて、とても興味深く読んだ。

book.asahi.com

吉本隆明もそうだが、八〇歳を超えて聞き書き(インタビュー)で自分の人生を振り返る、こういう文章にはそれなりの意義があるのだろうと思い直す。

 

また国立国会図書館デジタルで、柄谷の元妻・冥王まさ子『天馬空を行く』という小説も読むことができる。この小説はイェール大学の客員教授だった柄谷が帰国前に妻と息子二人とともにヨーロッパ旅行したときのことについて書いたもので、ほぼ実話をベースにしていると思われる。けっこう生(なま)の柄谷の人柄が描写されていて興味深い(生活無能者っぽくて妻に叱られれているところに共感する)。

冥王まさ子は占星術やスピリチュアルな事柄に深い関心をもっており、ルドルフ・シュタイナーの著書の翻訳もしている。

といってもまさ子が先に興味があったというわけではなく、アメリカに渡った柄谷夫妻が共通の関心を抱いたということのようだ。そのきっかけは、同僚に生年月日が近いユダヤ人がいて、彼の気質や人生に柄谷と奇妙な共通性があったという偶然だったという。尤も柄谷は占星術やオカルトにハマっていた時期を過去の黒歴史として封印している。