INSTANT KARMA

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聖の青春 その2

「母さん、淀川で昨日人が溺れて死んだって新聞に出ていた」

「まあ」

「でも誰も助けにいかんかったそうじゃ」

「泳げる人がおらんかったんでしょう」

「母さんなぜそんなこと言うの?」

「え?」

「僕だったら助けに飛びこんだ」

「だって、聖泳げないでしょう」

「泳げなくても、僕は飛びこんだ」

「そんなことしても、助けることはできないんだから無意味よ。皆迷惑するだけじゃない」

「なぜ? そんなことを言って、結局は弱い者や困っている人を見殺しにするだけじゃないか。何だかんだいっても遠巻きに見ているだけで、大人は何もしない。でも僕は違う、僕はたとえ自分がどうなっても助けるために川に飛び込むよ」

(『聖の青春』大崎善生著より)

 

村山聖と同世代で、今も将棋界トップを走り続ける羽生善治という男(村山は1969年生まれ、羽生は1970年生まれ)。

彼は今日この瞬間も、王位としてタイトル戦を戦っている(挑戦者は木村一基八段。ぼくはこの人の飄々とした解説や人柄が大好きだが、もちろん将棋は恐ろしく強い)。

奥さんのツイートによると、羽生は最近、

天才というのは、村山くんや谷川先生の事だよ。自分はただ、努力し続けてるだけ。

と、笑った。

とか。

 

泣いた。

 

昨日NHKの将棋トーナメントを見たら、先崎学九段が深浦康市九段と対局していた。

一時は先崎必勝の局面となり、解説の森内俊之九段も先崎の勝ちになったと断言したほど。

しかし、そこから深浦の驚異的な粘りが出て、ひっくり返された。

おもしろい将棋だった。

 

先崎は村山と仲が良かった。村山が東京でアパートを借りて暮らした1年は、よく飲み歩いたとか。

『聖の青春』の著者大崎との対談ではこんな風に語っている。

大崎:村山君は可愛いヤツなんだけど、酒癖悪かったよね。

 

先崎:周りも彼の人相風体と体が弱いってことで、大目に見ていたとこはある。あれ、まともっだったら相当殴られてますよ。何がひどいかっていうと、人を傷つけることを平気で言うんだから。頭がいいもんだから言葉が鋭いし、駆け引きしないもんだから、バシッと行くんですよね。あれは相当きついですよ。

 

大崎:村山君と仲良かった後輩の田村君が、彼に「うるさい大阪のブタ野郎」って、怒鳴りつけたって言ってたね。アタマにきてブチ切れて悪いこと言っちゃったよォって、反省してた。でもそれは田村君が悪いわけじゃないんだ。

 

大崎:村山君は、お酒を飲みたがったよね。

 

先崎:とてもお酒を飲みたがっているのが強烈にわかるんですよ。もうお酒が飲みたくて、酒場に行きたくて行きたくてしょうがない。ああいう人間を見たことは、あまりない。スゴい素直で、隠せない。

 

大崎:でも、自分からは誘わないんだよね。寄ってくるんだな、あの大きな体で。

 

先崎:にじり寄るように寄ってくる。犬みたいな目をして、クンクンクンクンって。何かちょっと、エサを与えてやろうっていう感じになっちゃう。

 

(村山×先崎の対戦成績は4局。最初2局は先崎の勝ち、その後村山の2連勝)

 

先崎:彼は単純な人間で、ボクが連勝したら、顔を会わせるたびに「いやー、先崎さんは強い。もう先崎さんにはかないません」って、大阪でメシを食ったときとかにブツブツいっているわけ。その後にボクが負けたんですけど、三年ぐらいたってから、「いや、たいしたことないですね」といわれましてねえ。それはスゴい印象に残ってます。

 

その先崎が、村山の訃報を受けて一気に書き上げたのが次の追悼文だ。

今、僕は東北の温泉に居る。静養のためである。 行く前に、三つ、誓いを立てた。

 

一、酒を飲まない。二、嫌なことを思い出さない。三、嫌なことに触れない。

 

そこへ、村山聖が死んだとの知らせた入ってきた。 死というのは常に意外なものであるが、半ば予期していたことでもあった。  

 

一年くらい前、彼が、今まで指した将棋の実戦集を出したいと言いだし、ついてはどうしても僕に代筆を頼みたいといっているとの噂が入った。

 

将棋指しが将棋指しの実戦集の代文をする。 それを書かねば貧窮するわけでもないので断ろうと思ったが、手術の後の微妙な時期に実戦集を出したいということに、 彼の迫力を感じ、迷いに迷った。

 

迫力というのはややこしい言葉だが、ありていにいってしまえば、彼は、死期を悟っているなと思った。

 

深夜の居酒屋で、郷田、中田功と激論を交わしながら、 気合いで書くことに決めた。

 

「彼が死ぬと思うから俺は書くんだ」酔った勢いで僕は叫んだ。 横で中田功がボロボロと泣いていた。

 

村山が東京にアパートを借りていた頃、たまに飲んだ。

 

ワインが好きな男だった。(この、だった、という言葉にまだ非常なる違和感を感じる)

 

二度ほど、急性アルコール中毒で病院に担ぎ込んだこともあった。

 

二度とも、僕は点滴の横で彼の横で彼の鞄の中にある推理小説を読んでいた。  

 

一度目に倒れたとき、泥酔し、ほとんど歩けないような村山が、 勘定だけは割り勘にしようと言い張った。

 

理由を訊くと、ろれつの回らない声で、 君には借りをつくりたくないと呟いたり叫んだりした。

 

将棋指しがライバルに借りを作りたくない。 この神経は分からなくもない。

が、それにしても彼は酔っていた。 ふらふらだった。それでも必死で財布からお金を出そうとする姿に、僕は一種の狂気と執念を感じた。  

 

実際、村山はシビアな男だった。

並の将棋指し以上にあらゆる勝ち負けにこだわった。

麻雀をやれば、彼が勝っているか負けているかは一目で分かった。

子供の頃から死を見つめて来た男にしては達観することがなく、 お金の貸し借りには潔癖だった。

 

そのくせ、大崎編集長と三人で飲んで世界普及のために若手棋士が金を出し合おうと冗談を言うと、次の日に百万円を用意してきて周りを慌てさせたこともあった。

 

村山は普通の青年が当たり前のようにすることをしたいという願望が強かった。

そのために麻雀を打ち、酒を飲み、人生を、将棋を、ときには恋を語り合った。

 

二人で飲んだとき、村山が、唐突に僕に向かって、

 

「先崎君はいいなあ」

 

と言い出したことがあった。 健康の話ならばいまさらという気がしたが、どうもそうではないようであった。 僕に、彼女がいるのを羨ましがっているようなのだ。

 

自分には夢が二つある、と彼はいった。 一つは名人になって将棋をやめのんびり暮らすこと。

もう一つは素敵な恋をして結婚することだといった。

 

大丈夫だよ、君をいいという人が必ず見つかるさ。僕は言った。

 

ダメだ、こんな体じゃ。彼はふるえた。そして呟くように言った。

 

死ぬまでに、女を抱いてみたい・・。

 

それから、彼は堰を切ったように家族の話をしはじめた。

 

母に心配されるのが一番辛いといい、 自分には兄貴がいて、これが、自分に似ずに格好いいんだわ、 と何度も何度も繰り返していった。

 

そして、東京に来て嬉しいことは、皆と麻雀をしたり、君とこうして酒が飲めることだといって、倒れた。 二度目の点滴のことである。

 

それが、最後の二人の席になった。  

 

村山が膀胱癌になったと聞いたとき、様々に僕はショックを受けた。

 

彼が小さい頃から患った腎臓以外のところが悪くなったのもショックだったし、酒や麻雀などの不摂生で自分が片棒を担いでしまったかとの思いもあった。

 

それにもまして、彼の二つの夢が、どちらか一つでも死ぬまでに叶うのだろうかと思った。

彼の体を心配してくれる女性は母親以外にいるのだろうか。 彼は恋をしているのだろうか。

 

村山聖には志があった。名人になりたいというでっかい志が。

 

と同時に普通の青年として生きたいという俗人としての欲望もまた強かった。

 

強く、せつなく、そして優しく悲しい男だった。

 

今、この文章を読んだ方は、決して忘れないで頂きたい。 そして語り継いで頂きたい。

 

平成初期の将棋界を駆け抜け夭折した男は、将棋の天才だったと。

 

と、同時に人間味溢れる青年だったと。  

 

今、僕の誓いは二つ目と三つ目が脆くも崩れた。

 

仕方がないので、僕は酒を飲んで君のことを思い出すことにする。