INSTANT KARMA

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親密さ

『ハッピーアワー』の濱口竜介監督の『親密さ』(2012年)を録画して観た。

なんと現段階でソフト化の予定なしとのことなので、これから観る機会はほとんどなくなってしまうことになる。観れたのはラッキーだったが、不運なことに、わが家のブルーレイ付ハードディスクが壊れてしまいダビングできなくなってしまった。交換すると今の中身は全部失われてしまう。

なので今のうちに繰り返し見た。

ネタバレは気にせずに感想を書こうと思う。

 

僕は「シネフィル」ではなく、映画を観に行くのは年に数回だから、何を見るかはほとんど「事故」のようなものだと思っている。この映画も、たとえ評判が高くても、映画館で見ることはなかっただろう。

率直に言って、開始後しばらくはダルい映画だな、と思った(二回目に見たときはまったくそうは思わなかった)。

演劇サークルで脚本と演出を務める男女のカップル(衛と令子)が気持ちの上でくっついたり離れたり、お互いの考えをぶつけあったりしながら、仲間たちとひとつの演劇作品を作り出そうと苦闘する。まあ、言っちゃえば、よくある類の青春ドラマのような気がした。

稽古期間の最中に朝鮮半島で軍事衝突が起こり、日本でも民間の義勇兵を募るという事態になる。これはえらいフィクションをぶっこんできたものだと思ったが、演劇仲間の日常には別段の変化はない。ネットで「北、キター!」などと書き込んですっかり他人事の日本の若者たち。

ところが、兄夫婦が韓国に住んでいる、主役の予定だった三木が、義勇兵に志願することを決意し、本番10日前に辞めると言い出す。令子は衛に代役を頼むが・・・

というのが第一部。

この第一部の終わりに向かう場面が、ちょっと観たことが無いくらい秀逸なのだ。

夜が明けていく街の中で、衛と令子の二人が歩道を歩きながら、呟き合うように気持ちを語り合うシーンだ。

二人の会話そのものが一篇の詩のようでもあり(実際に令子は衛の書いた詩を歩きながら暗唱してみせる)、二人の歩みに寄り添うカメラは、次第に明け染めていく空の模様、夜から朝に替わる瞬間の街の空気を、長回しの中で見事に捕えていく。

「風を撮るみたいにエモーションを記録したい」という濱口監督の理想が、一つの形として結実している素晴らしいシーンだ。

この場面だけでもこの映画を見る価値はあるだろう。

その余韻の中で、少しのインターバルを置いて、第二部が始まる。

第二部は、劇の本番そのままを最初から最後まで、2時間以上にわたって撮影したもの。

この劇も、いかにも小劇団がやりそうな、やや自己愛的で閉鎖的な雰囲気を醸し出しつつ始まるのだが、見ているうちに引き込まれていくのは、濱口監督が書き下ろした脚本(テキスト)の力によるのだろう。

詩の朗読を含む、言葉の力とそのつながり具合の巧みさによって、素人劇団ともいえる俳優たちの演技が、みるみる輝きを増す。

第一部ではほとんど存在感のなかった俳優たちが、見違えるような輝きを見せるさまが感動的だ。特に主演女優の佳代子は、エモーションの高まりの中で、何かが宿ったかのような美しさを垣間見せる。急遽主演を務めた衛も、日常生活のなかでの彼と変わらぬ、呟くようなセリフの中に深いエモーションを確実に潜ませていて、それは詩という形で彼の中から時折噴出する。

臆面もなく愛を、愛すること、愛されることへの欲求を語る性同一性障害のあき。劇の始まりと終わりはともに彼女の詩の朗読だ。さきほどの夜明けの二人の会話と同じく、この劇も、全体が一篇の詩のようでもある。そしてこの詩は、われわれの日常と地続きの、とてもリアルな感触をもつ。

「日常会話の忠実な再現こそがリアル」という観点からは生まれ得ない、斬新な「書き言葉」のリアリティがそこにあった。

劇の終演と同時に、第三部のエピローグが続く。

 

ここは正直拍子抜けするしかなかった。なるほど面白いし、こういう「抜け方」があってもよかったとは思うが、この映画の本当の正解を突き詰める努力を敢えて放棄した結果のようにも思えた。

これは『ハッピーアワー』にも感じたのだが、濱口監督作品に唯一の不満点があるとするなら、ラストの決着のつけ方だと思う。それまでの完璧な完成度からすると、やや投げやりともいえる印象を受けてしまうのだ(もちろん間違いとは思わない)。

それまでが120点以上の出来なので、トータルで見れば100点と言うことになるのだけれど、ラストの着地を見事に決めることができれば、歴史に残る作品、歴史に残る監督になるはずだ。

前回も書いたが、濱口監督はテキストの力によってエモーションを作り上げていくタイプなので、演者はむしろ素人のような人の方がいいのかもしれない。

しかし彼ならきっと、プロの役者を使って、さらに凄いものを作れるような気がする。

期待してます(投げやりな終わり方ですみません)。