INSTANT KARMA

We All Shine On

波の音

入院して四日目の夜、看護婦たちが用があり、私だけが父の枕元に立っている短い時間があった。父が私の顔に目を向けていた。不意に突きあがるような思いが胸に来て、私は父の頬に顔を寄せると、“父が好きだ”と言った。”好きでたまらないのだ”と言った。たまりにたまったものが、一時に堰を切って流れ出したように、私はその言葉を繰り返した。

父は一寸うなずくと、笑みを浮かべた。目と口元に浮かんだ、やさしい、何とも言えぬ嬉し気な表情、その純な幼児のような嬉し気な表情を目にした瞬間、私の目から涙が溢れた。

これは広津和郎の娘・広津桃子が書いた父の追悼文からの引用である。

なぜこの文章が印象的だったかというと、あの小津安二郎「晩春」という映画の原作が、広津和郎「父と娘」という小説だからだ。

「晩春」の感想は以前ブログに書いた。

この映画における原節子の過剰とも思える演技が印象的だったのだが、あの演技がまさに〈正解〉だったのだ、と上の文章を読んで分かった。