War Is Over

 if you want it

ああ言えば、キャンドル

街録ch」というYouTubeの番組で、元オウム真理教幹部・上祐史浩のインタビューを見た。

かつて「ああいえば上祐」と呼ばれた達者な弁舌ぶりは健在で、これまでの生きざま、事件とのかかわり、麻原への帰依を捨て自己洗脳を解くまでのプロセス、これからの生き方について滔々と述べ立てていたが、その語り口からは、意外にも、ある種の潔さが感じられた。

ぼくはもともとあの事件は狂人と化した教祖・麻原を取り巻く一部の幹部の暴走により起こったものだと思っているので、当時の信者全員を無条件に非難する気にはなれない。しかし上祐は幹部の一人だったので、責任を否定することはできない。

本来なら死刑になってもおかしくなかった(「紙一重だった」と本人も語っている)と思うが、偶々事件前にロシアに行っており共謀には加わっていなかったと認定されたため刑事責任は比較的軽いもので済んだ。

 

彼の話で興味深かった点がいくつかあって、

 

・終末思想、破局妄想、ハルマゲドン妄想のようなものがある程度蔓延していた

・上祐が獄中で麻原への信仰を捨てたプロセス

・セカンドチャンスを認めない社会への究極の挑戦

 

それぞれについて深く考えていくと相当な分量になりそうな気がするので、後日の宿題ということでメモとして残しておく。

 

同じ「街録CH」で、広末涼子の夫であるキャンドル・ジュンのインタビューも見た。長野県松本市の出身で、親がバイオリン製作者。海外でも一流のバイオリンに引けを取らないという。家族との葛藤から家を出て自立し、生きる意味についていろいろと考えてキャンドル作りを通した彼なりの平和運動のスタイルの実践生活に入る。知人のつながりで現在の妻と知り合い、結婚生活は今も続いている(離婚したと勝手に思い込んでいたが、広末は二児の母として先日「ベスト・マザー賞」を受賞しているのをのちに知った)。ジュン氏も素直に「彼女が頑張ってくれるおかげで自分はヒモのような暮らしができている」と認める。とはいえ自虐的になるのでもなく、淡々としたニュートラルな口調からは、やはり一種の誠実さが伝わって来た。

「たけしとひとし」に出演した時の、一見突っけんどんにも見えた対応のために、彼が一種の奇人のようなパブリックイメージを持たれてしまったきらいがあるが、彼の説明では事前のスタッフの説明に問題があったようだ(騙し討ちのようなもの)。しかし特にそのことを責めるのでもなく、自分が番組に出たこと自体が判断ミスだったと反省し、その後はマスコミのオファーには一切応じないまま十年が過ぎた。未だマスコミへの警戒心はあるが、バイアスの少ないYoutubeのこの番組なら出てみようと思ったという。

キャンドルジュン氏はぼくと世代的に近く、若い頃にスピリチュアル志向だった点で親近感を覚える。彼は既存の宗教や組織に頼ることを嫌い、徹頭徹尾自分の頭で考え、それを実践してきた。その点にも共感する。

 

上祐氏にせよ、キャンドルジュン氏にせよ、まったく構えのないインタビュアーの丸腰ぶりが話者の心の制約を解いている気がした。このような番組は貴重だと思う反面、あまりにも話者の言い分をストレートに拡散することが、意図的に悪用されないかという懸念も抱いた。