INSTANT KARMA

We All Shine On

Out of Joint

The time is out of joint: O cursed spite,
That ever I was born to set it right!

この世のたがが外れている。ああ、無念至極だ、
それを正すために生まれてきたとは。

ハムレット

昨日の朝、ドアを開けて外に出たら、ゴミを出すのに使っているポリバケツの上に、中に何か入ったビニール袋が置いてあった。家のゴミかな、と思って中を見たら、コーヒーとサラダとサンドイッチの入った、ウーバーイーツからの配達物であった。

届け先らしき大きく印字された名前は明らかにこの家の者ではない。貼り付けられたレシートに印字されていた店に電話し、事情を説明したら、ウーバーのサービスセンターから連絡が来て、引き取りに来てもらうことにした。

最初の配達員は、明らかに違う表札の家のゴミバケツの上に食品を置いて黙って去り、回収に来た配達員も、一言もなく泥棒のように黙って回収して行った。

今朝仕事始めで出勤すると、明らかに違う場所宛ての年賀はがきが10枚も入っていた。

この国の劣化ぶりはひどい。

ニュースを見ると、知らぬ間に急速に戦時体制が整えられている。目に入る報道だけでそう感じるのだから、現場レベルではもっと酷いのだろう。

言っておくが、今の日本が戦争なんかしたって勝てないよ。かつての帝国軍人や、エコノミック・アニマルと呼ばれた日本人の刻苦勉励と自己犠牲の精神はもう失われた。

五流の政府に五流の不様な国民がいるだけだ。貧しく、嫉妬深く、目先のことしか目に入らず、己の小さな快楽の中に閉じこもることしかできない、かつて高村光太郎が<根付の国>と呼んだ惨めな国民の、さらに惨めになった末路がここにある。

 

数日前の紅白についての記事で、藤井風が苛立っているようだと書いたが、全く知らないうちにこんな動きが起こっているらしい。

このブログに辿りつく人の大半は、「藤井風 サイババ」で検索して来ているようだから、改めてこの点について書いておきたい。

この「IIYYプロジェクト」を立ち上げたのは、いわゆる宗教二世を名乗る人たちで、藤井風が音楽活動の中でサイババの標語やらメッセージを使いながらその出典を明示しなかったことは「信仰の自由の侵害」にあたるなどと主張して、藤井風(の運営スタッフ)に対してファンたちによる抗議活動を組織しようとている。

しかし、もし藤井風が自分の音楽活動の中でサイババの名前をいちいち明示していたら、それこそ特定の宗教や教義の宣伝になるんじゃないだろうか。

藤井風が Help Ever Hurt Neverとか Love All Serve Allとかいう言葉を使うのは、別に<サイババ教>を広めたいからではなく、その言葉に込められた普遍的なメッセージを伝えたいからではないのだろうか。

もっと問題なのは、抗議者たちが「一人一人が公正な状況下で冷静な判断ができるように、信頼性のある資料を提示する」といって提示しているのは、サイババを誹謗中傷するBBCのドキュメンタリーと映画だけであるということだ。マイケルジャクソンも幼児虐待疑惑のドキュメンタリーが制作され、彼の場合は逮捕されて刑事裁判まで受けた(全て無罪だった)ことはまだ記憶に新しい。

疑惑を流す番組だけを見て「判断」すれば、サイババがいかがわしいカルト教祖にしか思えないだろう。彼らの提示するものは到底信頼性のある資料とはいえないし、「公正な状況下」ともいえない。

サイババがインドで聖者として認められているのには理由がある。彼はインド国内に無料で教育を受けることのできる大学をいくつも作り、無料で医療を受けることのできる大きな病院を建て、地元の村に飲料水を提供するための大規模な灌漑プロジェクトを指揮した。こうしたことは彼の業績の一部に過ぎず、インドの人たちに聞けばもっと詳しいだろう。サイババの霊的教えについても、ヒンズー教の伝統を承継するものである一方、近代のラーマクリシュナやヴィヴェーカーナンダといった聖者にもつながる普遍的なものであることは広く認められている。

にもかかわわらず彼らが「信頼できる資料」として提示するのは海外の知識不足のメディアが作った誹謗中傷ドキュメントのみだ。

つまり彼らはサイババを聖者と認めている多くのインド人を、愚かな人々だと馬鹿にし、愚弄しているのだ。

彼らは自分たちが親の信仰によって不幸になったという自覚があるために、宗教やスピリチュアリティ一般に対して敵意を持つようになり、藤井風のような人気ミュージシャンが彼らが宗教臭いとみなすものに関わることが許せないのであろう。

自分はこのブログで、藤井風のファンが彼を教祖のように崇め心酔するような関係は気持ち悪いと何度も書いてきた。その理由から、藤井風がスピリチュアルべったりになるのは止めた方がいいんじゃないかと思ってきた。

だが今回のこの抗議活動は悪意に満ちたものであり、藤井風が怒るのも無理はないと思った。

とはいえいずれこういう動きが出てくるだろうことは当初から十分に予想できたし、今までの運営のやり方が賢明なものだったかどうかには再考の余地があるだろう。