わたしは洋子の熱心なすすめにもかかわらず、「野菜の会」の会員になるのをことわった。熱心な布教師のアヤコさんや洋子は、自分にも家族にも他人にも人類にも役に立つことをしているから打ちこめるのである。役に立つことをしているという「生き甲斐」も、野菜といっしょに会員に配っているのである。「ただ、たんに生きている」と思うのがいやだからである。わたしは、「ただ、たんに生きている」と思っている。できることなら、もっともっと、「ただ、たんに生きている」状態になりたいと思っている。
富岡多恵子「波うつ土地」
小説家・富岡多恵子(1935-2023は詩人として出発し、坂本龍一とレコードも共作している。「波うつ土地」などの小説はいうに及ばず、上野千鶴子らと小島信夫「抱擁家族」や三島由紀夫、吉行淳之介、村上春樹らの小説をめぐって対談した「男流文学論」での鋭い発言が印象に残っている。
ご冥福をお祈りいたします。
元ストリート・スライダーズ、ハリーこと村越弘明のソロアルバム「狼煙」。
もともと2009年にギター1本とドラムだけの演奏で発売されていたが、10年後にベースをオーバー・ダビングして再発売した。
スライダーズの音楽には、単なる「和製ストーンズ」には収まらない独自のヘヴィーなグルーヴが渦巻いているが、このアルバムには、スライダーズの中の「灰汁」の部分だけを掬い取って更に煮詰めたような濃厚さがある。
スライダーズ(ハリー、蘭丸、ジェームズ、ZUZU)の四人組としての活動において多少希釈されていた村越の個性と体臭が、独りになってありのままに剝き出しになっている。もともとハリーとはこういう人だったのだろう。もし彼がスライダーズというバンドを結成せず一人で活動していたら、最初からこういう作品を作っていたのではないかと思える。
とにかく歌詞が凄い。とりあえずトラック名だけを並べてみると、
野晒れArgus
おけら人間もどき
万引き小僧
サイレンノイローゼ
狼煙
無頼白痴
Fool's Gold Rush
足折れ案山子
皇帝Hallelujah
徒花
15%の生き地獄
生玉(いくたま)
天邪鬼
スラムへ行くより手っ取り早い
24Hours
空蝉(うつせみ)
Fuckin'月曜日
鬼魣(おにかます)に天狗風
Old Black Man
三白眼の油売り
これらのタイトルだけからも、<荒野の野武士>または<都会の街のかぶき者>の臭いがプンプンしてくるではないか。
個人的に連想するのは、つげ忠男のマンガ「無頼平野」の世界であり、劇画「子連れ狼」の世界である。
具体的な歌詞は、さらに凄いことになっている。
あの娘足投げ出して 死人の北枕 おいらよっぽど 死んだ方がマシ
よんどころない哀れなSex Machine 断末魔の狼 生け捕りだ
蛙(かわず)大将ホクホク 裏金暮らし
笑い止まらぬ女は もうすぐ男になれるって
おれの正義をぶち込んでやるか
それとも首洗って待つとするか
Ah Yeah 野晒(のざ)れArgus 川薑(かわはじかみ)魂消(たまげ)たぜ
Ah Yeah 野晒れArgus ヒマラヤソルトでうがいする
「野晒れArgus」って何だ? 「川薑」とは?
なぜに「ヒマラヤソルト」?
たぶんこれらの語句には隠された意味があるに違いないが、自分のバックグラウンドからは皆目見当がつかず、太刀打ちできぬ。
とにかくどの曲も、時には都都逸調で繰り出されるえげつねえパンチラインの応酬で、底無し沼のような異臭を放っている。この世界の前では一番過激だった頃のエレカシ宮本浩次の歌詞が可愛く見えてしまう。
この歌詞のヤバさが真に評価されるのは百年後だろうか。それとも・・・
御竈コオロギだって 疲れちまって 芥の吹き溜まり 黄昏れて
辺り一面 瓶子草 生き恥晒した 念仏行者
食い倒れやら 行き倒れやら 極楽浄土の門の前
行きたきゃ行きなって 兵士に案山子
慰安巾きかせたって 尾句曰く 老いさらばえちまった
屍 鞭打っても 砕け散った骨 風に舞うだけ「Fool’s Gold Rush」