INSTANT KARMA

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Nasty Childish Music

昨日書いた記事に出てくる、スライダーズが影響された「Nasty Music」というのはストーンズの有名なブート(海賊盤)で、70年代初めのミック・テイラーがリードギタリストとして加わったツアーでの演奏を収めたものだ。

「メインストリートのならず者」と「It's Only Rock'n Roll」からの曲が中心で、とにかく終始ハイテンションな演奏が続き、公式にリリースはされていないがこれをストーンズの最高のライブ盤とみなす人が多い。

ストリート・スライダーズの蘭丸とハリーのツイン・ギターの絡みは、この演奏を目指している(ある意味超えた部分もある)のは明らかだ。

ところで僕がこのブート・アルバムの存在を知ったのは、M君という小学校の頃の友達に教えられたからだというのを思い出した。大学に入って東京に出てき始めのころ、たしか6年生のときに引っ越して別れたM君から連絡があって、彼も東京の大学に入ったということで久しぶりに懐かしく話をする中で、彼も中高生時代にロックを聴いていたことを知って意気投合した。彼は僕よりも詳しく、西新宿にある中古レコード屋のことや、僕が聴きたくて仕方がなかったプリンスの「ブラックアルバム」がそこで買えることを教えてくれ、ストーンズの最高のライブアルバムがNasty Musicであることも教えてくれたのだ。確か一緒に買いに行ったのだが記憶が薄れている。

彼とは小学生高学年に親しくなり、毎日一緒に下校していた。ある日、上級生たちが僕とM君に近寄ってきて、主にM君を揶揄い始めた。それが余りにしつこく、僕は困惑したが、知らず知らず上級生たちの促しに乗ってしまい、加勢するような立ち位置になってしまった。ついに彼が涙を流した時も傍観していた。

そんなことがあった後も彼は僕と仲良くしてくれて、お父さんの仕事の都合で少し離れた町に引っ越した後にも何度か遊びに行ったりもした。今思えば、あのときの僕の行いは卑劣で、M君から一生恨まれても仕方がないものだった。とうとう謝る機会もなしに済ませたことを思い出すと良心の呵責を感じる。小学生ころの人間というのは大人から見れば残酷なことも平気でやったりするし、当事者たちにも何の自覚もないことが多い。もちろんそれは加害者側の話で、やられた方はいつまでも忘れないだろう。僕自身も低学年の頃には下校時に揶揄われて軽いいじめみたいなものに遭ったこともある。親が介入したおかげで早期に止んだが、今も忘れていないから、傷にはなっているのだろう。

とにかくNasty Musicの話をするとM君のことが思い出されて、申し訳ない気持ちと懐かしい気持ちが入り混じる。東京で再会したM君との交流は早々に途絶えてしまった。

何か原因があったわけではなく自然消滅した感じだったが、記憶は曖昧である。

スライダーズのアルバムにも「Nasty Children」というのがあるが、かつて彼らが「Little Stones」と呼ばれていたことのモジりだろうか。