『文學界』3月号に掲載されていた二瓶哲也『それだけの理由で』を読んだ。
いや~、今年文芸誌で読んだ小説でナンバーワンだったかも。
主人公がどことなく西村賢太の小説の「北町貫多」を思わせる五十男で、老人施設のデイケアの送迎運転手をしていて、毎日独り部屋で酒を飲み、喧嘩早くて表に出るとすぐトラブルになり、警官と揉め、女っ気はなくて専ら手淫で済ませている。生い立ちに暗いものを抱え、若い頃は風俗関係や水商売や怪しげなセールスマンやら職を転々としていたが、もう年齢のせいで職を選べなくなった、薄汚い独り身の中年男である。
一人称が「自分」というのもいい。
1991年に大学に入り、金がないので新聞奨学生として赤坂のボロいビルに一緒に寝起きした四人の若者たちが30年ぶりに再会して…という前半のくだりは読みながらグイグイ引き込まれ、浮世の憂さをすっかり忘れるほど没入した。
後半、ストーリーが急転を迎えたあたりから、「私小説風」というより「物語風」になってゆくのかな、と、作者の過去作を思い出しながら若干の懸念が頭を過ったが、全然面白さは失われず、最後まで一気に読み切った。ラストで落涙した。
西村賢太という存在が失われて、もう小説というものには縁が切れたかな、と思いかけていたところだったが、まだ二瓶哲也という作家がいてくれた、と思えたことがうれしい。
彼の小説がもっともっと読みたい。3月に発表されていたのに。まるで自分のために書かれたかような作品だったのに。今まで見つけられなくて申し訳ないという思いでいっぱいだ。