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「障害」から考える

『なぜ人と人とは支え合うのか 「障害」から考える』(渡辺一史著、ちくまプリマー新書という本を読む。

昨年映画化された『こんな夜更けにバナナかよ』という、重度身体障害者とボランティアの交流を描いたノンフィクション・ライターによる、出たばかりの新書。

とても示唆的な内容だった。

障害者問題に限らず、生きる価値とは何か、という普遍的な内容に関わる内容なので、

障害者問題に関心はないよ、という人も含めて、すべての人が読むべき本だと思った。

 

正月に、実家の老人病院に父を見舞った。ショートステイの際にベッドから転落して大腿骨を骨折し、大きな手術をした後に転院。術後のリハビリのために昨年から入院している。八十を過ぎてから目に見えて通話にも支障がある様子だった、今はもうかろうじて意思疎通できるかという状態だ。

老人病院で、いよいよ我が身に迫ってきた超高齢化社会の現実を目の当たりにするにつれ、様々な物思いに沈んでいた折、知人に貸していただいた『なぜ人と人とは支え合うのか 「障害」から考える』(渡辺一史著、ちくまプリマー新書)という本があまりに興味深く、何の予備知識もなしに一気に読み通した。

著者は、1968年生まれのノンフィクションライター。15年前に書いた『こんな夜更けにバナナかよ』という作品が、昨年、映画化された。そちらの作品は未読(未見)だが、札幌で自立生活を送る重度身体障害者とボランティアの交流を描いたものという。今回の新書は14年前に声がかかったが、書くのに丸5年かかったと「あとがき」にある。その間に、相模原市の施設で植松聖(当時26歳)が入所中の知的障害者19名を殺害するという「やまゆり園障害者殺人事件」が起こった。

著者は、当時世間に衝撃を与えた「障害者は不幸を生むだけで生きている価値がない」という植松被告の身も蓋もない(そしてそれ故に危険な共感を招きかねない)主張に対して、この書全体を通して、じっくりと対峙しているように思える。『こんな夜更けにバナナかよ』に登場する、筋ジストロフィーの重度身体障害者・鹿野靖明氏や、障害者が地域で自立して生活するための運動を1970年代から牽引してきた指導者の一人で重度脳性まひの障害者であった新田勲氏、障害者による自立生活センターを東大和市に設立した海老原宏美氏らの活動が紹介され、障害者のみならず健常者にとっての「生きる価値」の意味が相対化される。つまり、「障害者に生きる価値ってあるの?」と問う人間に対しては、「では、あなた自身は、自分に生きている価値があると胸を張って言えるのか? あるとすれば、なぜそう言えるのか?」とまず問うべきである、と。

植松被告のような人間には、そのような自省能力が欠けているのかもしれない、と語るのは、実際に植松被告と拘置所で接見を繰り返し、手紙のやり取りをしている最首悟氏(和光大学名誉教授)だ。植松が、ダウン症で重度の知的障害がある三女と暮す最首氏に対して、「意思疎通の取れない、社会の負担になる障害者と暮すのは大学教授としておかしい」という手紙を送ってきたところから、両者の接触が始まった。

植松被告によれば、自分はやみくもに障害者を差別するつもりはないと述べ、人間かどうかの線引きに次の3点を挙げている。「1.自己認識ができる。2.複合感情が理解できる。3.他人と共有することができる。これらが満たされて人間と考えられます。」(『開けられたパンドラの箱創出版より)
この本の読者は、この究極の自己矛盾を嗤うしかない。この基準を用いるならば、真っ先に社会から排除の対象となるのは、重度知的身体的障害者ではなく、植松のような人間に他ならないからだ。

障害者にとっての「自立」とは、「他人の援助を受けることなしに生きてゆくこと」ではない。それは「自分で自分の生き方を選ぶことができる自由を持つこと」を意味する。しかし、障害者による自立生活運動の実例を生き生きと紹介しながらも、著者は決して「障害者も社会にとって有益な活動ができるから生きる価値があるのだ」などと主張するわけではない。以下は、海老原宏美氏が、2017年に「東京都女性活躍推進賞」を受賞した際に、東京都知事に書いた手紙であり、本書にも抜粋紹介されている。

小池百合子都知事さま

この度は、女性活躍推進大賞を賜り、大変恐縮しております。
普段、自分が活躍できているかどうかなど、まったく意識したこともなく、ご推薦いただけることになった時点でも、
私の活動がこんなに評価いただけるとは夢にも思っておりませんでした。ありがとうございます。

重度の、進行性の障害を生まれ持った私の使命は、華々しく活躍するパラリンピック選手や、
個性的な芸術活動をおこなったり、起業したりする障害者のように
スポットライトを浴びて社会に広く知られるようなことのない、
もっと重度の障害者の、社会における存在価値を、確立することだと思っています。

世の中には、私を含め、人工呼吸器や経管栄養を命綱にしている人、
言葉でのコミュニケーションが取れない人、意識レベルが確認できない人など、
重度の障害を持つ人がたくさんいます。
そういう方達の多くが、家族での介護に限界を迎え、
高度の介助スキルを持つ人的資源が地域に不足していることで、
入所施設や長期療養病院に追いやられています。
これは、日本も批准した障害者権利条約の、
「障害があることによって特定の生活様式を強制されてはならない」
という条項に反しています。

介護力の不足だけではありません。
「呼吸器や胃ろうのような延命を受けてまで生きていたいなんて、ワガママなのでは?」
「寝たきりの植物人間を生かすために自分たちの税金が垂れ流されてるなんて…」
「あんな状態になってまで生かされているなんて本人にとって可哀想」
などの社会の価値観が、私たちを、地域の隅へ隅へと追いやっていくのです。

私たち、重度障害者の存在価値とはなんでしょうか。

私は、「価値のある人間と価値のない人間」という区別や優劣、順位があるとは思いません。
価値は、人が創り上げるもの、見出すものだと信じているのです。
樹齢千年の縄文杉を見て、ただの木でしかないのに感動したり、
真冬、青い空に映える真っ白な富士山を見て、ただの盛り上がった土の塊にすぎないのに清々しい気持ちになれたりと、
価値を創り出しているのは人の心です。これは、唯一人間にのみ与えられた能力だと思います。
そう考えるとき、呼吸器で呼吸をし、管で栄養を摂り、ただ目の前に存在しているだけの人間をも、
ちゃんと人間として受け入れ、その尊厳に向き合い、守っていくことも、人間だからこそできるはずです。
それができなくなった時、相模原であったような、悲惨な事件が起こってしまうのではないでしょうか。

あるのは、「価値のある人間・ない人間」という区別ではなく、
「価値を見出せる能力のある人間・ない人間」という区別です。

私たち、重度障害者の存在価値とはなんでしょう。

重度障害者が地域の、人目につく場所にいるからこそ、
「彼らの存在価値とはなんだろう?」と周囲の人たちに考える機会を与え、
彼らの存在価値を見出す人々が生まれ、広がり、誰もが安心して「在る」ことができる
豊かな地域になっていくのではないでしょうか?
重度障害者が存在しなければ、そもそも「なぜ?」と問う人も存在せず、
価値観を広げる機会自体を社会が失うことになります。
それこそが、重度障害者の存在価値ではないでしょうか?
重度障害者は、ただ存在しているだけで活躍しているとは言えませんでしょうか?

私は、そういう意味で、重度障害者の活躍の場を、社会の中に作っていきたいのです。
どんな重度の障害者でも、安心して地域に在ることができる社会にしたいのです。

ここ近年、国に尊厳死法制化の動きがあったり、
出生前診断で障害胎児の中絶率が95%を超える現状があったり、
「障害児を減らしていきたい」という趣旨の某県教委の発言や、
「自分だったら社会保障費削減のために尊厳死を選択する」という国会議員の発言があったりと、
ますます私たち重度障害者の生きにくい風潮が強くなっています。

小池知事におかれましては、社会にとって生産性のある人間、
もしくは人々に感動を与えられる人間だけではなく、
ただ、そこに静かに存在するだけの人間にも尊厳を見出し、
全ての都民が社会参加できる都政を執行していただきたいと、心から願っております。

人間の価値に優劣をつけず、どんな人でも共に在ることを楽しめる豊かな東京都でありますように。
都民ファースト」の「都民」に、私たち重度障害者も常に含まれておりますように。

最後になりましたが、小池知事都政のますますのご発展を、心からお祈り申し上げます。
長々と、大変失礼いたしました。
最後までお読みくださり、感謝申し上げます。

2017年1月18日 都民 海老原宏美

障害者たち自身の働きかけによって、駅にはエベレーターが設置され、公費による24時間介助制度が導入されるなど、一定の成果がもたらされつつある。しかし、著者は最後に、「システム化された福祉は誰も傷つかない代わりに、ドラマもない。ドラマのないところに人間の尊厳も生まれない」(深田耕一郎著『福祉と贈与』より)という重要な指摘を行っている。

新田勲氏は、公的な介護保障制度の確立を行政に訴えることに尽力した人物だが、介護者に対して、つねに「もっときみを出せ」「きみらしさを出せ。ぼくも、ぼくらしくいるから」と言っていたという。
新田氏を介護者として7年半支えた深田耕一郎氏はこう語る。「新田さんは、ぼくは障害者なんだと。そのへんがおもしろい。手だってぐにゃっと曲がってて、言葉もしゃべれない自分は、弱者で困っている立場だから、健常者から手を差し伸べられることが必要なんだと。だから、ぼくをかわいそうな存在として、ちゃんと見なさいと。」
「お金をもらうから、この人を支えようじゃなくて、こういうぼくの状況をみて、きみたちは、あなたがたは、心が動かないのかという。仕事だからやるんじゃなくて、カラダが動くし、何より心が動くだろうと。……お金じゃなくて、人には思わずカラダが動く場面があるでしょと。要するに、それが福祉というものが芽生える瞬間なんだと」

 植松被告は、施設で働いていた時代に、入所者が風呂場で発作を起こしておぼれそうになっているところを、助けた経験があった。しかし、それに対して、家族から何のお礼も言われなかったので、障害者は家族にとって望まれない存在なのではないかと感じるようになった、と報じられた。これに対して、植松とやり取りを続けている最首氏は言う。「植松青年は、『どうして助けたのかわからない』という。この思いの中に一つの出発点があるのではないか。」

最首氏は、三女の星子さんについてこんな風に語る。
 「星子はね、別に私は世話してほしいなんて頼んでないよ、という感じなんです。それは、生きることに全然執着しない者の強さというのかな。ごはんを食べさせてくれないのなら、私は黙ってそのまま死ぬよと――。どうもそういうような雰囲気がある。だから、もう泰然自若として生きているのね。
 そうなると逆にね、私の方が星子を世話するのを、生きるよすがにしているというかな、自分はなんと星子に依存した存在なんだろうか、というのが、逆照射されてしまうんですよ」
 そして、頑固で自分が嫌なことは絶対に拒絶する星子さんが、最首氏を受け入れ、手に手を重ねて、互いに寄り添いながらじっとしているとき、悠久の時間の中にいるような、無上の幸福感を覚えるのだという。

 自分の話に戻るが、正月、病院の帰り際に、それまで穏やかだった父の様子が変わり、突然号泣し始めた。思わず父の手を握った。その後の数分間が、自分の人生における父との関係で最も心が動かされた時間だったかもしれない。

福祉とは何か、生きる価値とはなにか、「人の命より大切なものはない」とはどういうことか――、そんなことについて久しぶりに思いを巡らせるにあたり、渡辺一史氏のこの本は、非常に示唆的な良書だった。