War Is Over

 if you want it

岡田睦

野口富士男『作家の手』には最晩年(82歳で亡くなる直前)のエッセイが収録されているが、文章はしっかりしていて肉体は衰弱しても意識の混濁したようなところはまったく感じない。さすが私小説家、と思う。

 

岡田睦という私小説の極北といわれる(一体いくつ極北があるのか。私小説なんて全部極北みたいなもんじゃないのか)作家の作品集『明日なき身』を電車で読み始めて惹きつけられた。生活保護と年金で暮らす独居老人の独白だが、ただの日記ではなく立派な私小説になっているのがよい。

岡田睦の小説に、生活保護のお金で店で惣菜を買う場面が出てくるが、たいてい二、三百円くらいで買っており、これが書かれた二〇〇〇年代前半より物価がかなり上がっていることが分かる。今時二百円や三百円で惣菜は買えない。物価はこれからもどんどん上がって行く。いったん上がったものは元には戻らない。

ムスカリ」と題する短編の中に、詩人の大泉柿夫が岡田の詩集を出してやる、という話をしに来て、大泉が装丁をした秋山清の詩集の装丁が気に入った。と書いている。段ボールの紙を使った函が、読者を突き放すような荒々しい装丁だが、すき、としていて気に入ったという。

秋山清と言えば、アナキスト詩人と呼ばれ、戦中に書いた「白い花」という詩が有名である。

  アッツの酷寒は

  私らの想像のむこうにある。

  アッツの悪天候

  私らの想像のさらにむこうにある。

  ツンドラ

  みじかい春がきて

  草が萌え

  ヒメエゾコザクラの花がさき

  その五弁の白に見入って

  妻と子や

  故郷の思いを

  君はひそめていた。

  やがて十倍の敵に突入し

  兵として

  心のこりなくたたかいつくしたと

  私はかたくそう思う。

  君の名を誰もしらない。

  私は十一月になって君のことを知った。

  君の区民葬の日であった。

 

 (詩集「白い花」より「白い花」昭和十九年)

岡田は、病院で検査を繰り返すうちに、ムスカリの花がひとつ、ふたつ、みっつ咲いたのを見ながら、ガンかどうか心配する気分がうすらいできた。ドナー・カード持っていて、死んだ後のことを考えておいた。葬式は行かないし、出さない。何もする必要がないようにした。

 

ワレシナバヤクナウズムナノニステテ ヤセタルイヌノハラヲコヤセヨ

 

という辞世の句は見事だと思うが、やはりまだこだわっている、という。

短編の最後は、買い物に出かける途中の花屋で見つけた、280円のムスカリの花の鉢植に向って、「ハナニアラシノタトヘモアルゾ」とつぶやいて部屋をあとにするところで終る。

この文句は、唐の詩人、宇武陵の「勧酒」を井伏鱒二が和訳して有名なものだ。

 

『花に嵐の例えもあるさ、さよならだけが人生だ』

 

こんな風に詩情が漂う二十一世紀の私小説を書いた岡田は、2010年に老人ホームに入ったところから後の消息がつかめていないという。